みなさま、たくさんのお悔やみをありがとうございます。
本来ならお一人お一人に御礼を申し上げたいところですが、
やはりまだ、心の整理がつかずにおります。
葬儀の都合上から、父はまだ私たちと一緒におります。
帰宅したその日は、母が寄り添って眠っていました。
母の涙は枯れることなく、
全身に包帯を巻かれた父の体を愛でるのに
唯一、傷に侵されなかった額を、
やさしく、いとしく、そっとそっと、撫で続けておりました。
初孫・卓哉を抱いて。
卓哉が1歳になる少し前の写真です。
義妹の成人式でした。
この頃が一番元気だったかも。
卓哉の小学校入学式で。
バァバがだっこしているのは、甥・3号の克哉です。
私たちが子供のころは、参観日すら来たことなかったのに、
やっぱり孫は特別なんでしょうね。
見かけは怖そうな父でしたが、とても優しい・・・
本当に優しい父でした。
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父と母は、昭和33年に知り合いました。
ちょうど、二人の母校・沖縄県立首里高校が、夏の甲子園・第40回記念大会に
出場した年でした。
野球部員の父に、鹿児島から留学(当時はアメリカ領だったため、編入にはならず)
してきたばかりの母が、取材?をしたのがきっかけだったようです。
大学を卒業して、双方の親の反対を押し切って結婚した二人に待望の赤ちゃんを
授かりましたが、長女は死産でした。
そして11ヶ月後、今度は無事にかわいい男の子を産みましたが、退院の日の朝、
うつぶせ寝が原因で、小さな命が消えてしまいました。
それから兄が生まれましたが、生後1年で、当時は難病とされた
「先天性中隔欠損症」の診断を受け、手術をしても10歳までいきられるかどうか・・・
と、いうことで兄が体力的に手術を受けられる5歳になるまでに、
慌てて作られた?のが、私と弟でした。
兄が手術を受けるには、当時の沖縄では無理でしたので、鹿児島大学病院で受け、1年あまりの入院の末、東京の病院での通院治療が不可欠となり、両親と兄は東京に住むことになりました。
その間、私と弟は、鹿児島の祖母のもとで、あたたかくのんびりと育てられてましたけど。
兄が小学校に入学してしばらく経ってから、私と弟も、東京に来ることができました。
1・2番目を亡くし、3番目の子供が病弱・・・ただでさえ反対していた父の両親の怒りは頂点に達し、9人兄弟の長男だった父は、勘当されてしまいました。
その祖父母も、とうの昔に他界しているのですが、今回の葬儀には父の弟妹は誰一人参列はしてくれません。
卓哉が生まれてから、勝手に会社を早期退職した父。
何をするかと思いきや、当時、祖母の介護で鹿児島に行っていた母のもとへ。
祖母の最期の瞬間まで、母と一緒に看てくれました。
卓哉の入学式は、祖母を病院に預け、二人でわざわざ帰京したんです。
本当に楽しみにしていましたから。
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母と一緒に暮らした50余年の中で、どれだけ穏やかに過ごした時間が短かったことか。
せめて残された時間を、平穏に過ごさせたかったです。
父の命を奪ったものは、腎臓病でも心臓病でもありませんでした。
真面目に・・
医師も呆れるくらい真面目に薬を飲み、治療に励んできたきた父。
死因は「敗血症」でした。
薬によって引き起こされた薬疹にくわえて、体中が細菌感染を起こしたのです。
私たちにとってはなんでもない細菌が、薬漬けで耐性をなくした父の体を蝕んでいったのです。
ICUに入る寸前まで、「いだぁい、いだぁい」と言っていた父。
痛み止めの点滴が効きはじめ、朦朧としてきたところで急激に脈が下がり始めました。
最期は穏やかだっただったという医師の言葉が、父らしい最期でした。
亡くなる何日か前に、母に
「おまえには苦労かけたな。わかってるんだよ。
どんなにおまえが大変な思いしたか。ありがとうな。」
と言った父。
亡くなる前日も、泊り込んでいた私に
「バァバは?」と。
母のいない間に、声にならないたくさんの「ありがとう」を抱えて逝った父。
父の精いっぱいの優しさだったんだと思います。
パパ、本当にありがとう。
パパとママの子供に生まれて、本当に幸せです。
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母の涙が、少しづつ笑顔に変わってきています。
父が一番愛したこの子と一緒にいさせてます。
小雪)バァバ、次は私の番でしゅよ
じぃじ、もうウマウマもらえないって、ホントでしゅか?
小雪) アタシの大好きなじぃじが、お星様になったんですって!
とってもとっても遠いところに行っちゃったって。
今度、ママにカートで連れてってもらいましゅ~
ばぁばもママも、泣いてばかりなので・・・・
じぃじは、明後日(29日)お骨になっちゃうんですって。
それまでは、アタシがお線香の番もしてるんでしゅよ。
ばぁばが「小さな喪主さん」て言ってくれたから。
よくわからないけど、アタシがえらいみたい。
だから、えらいアタシからごあいさつしましゅよ。
「みなさま、じぃじにたくさんのバイバイしてくれて
ありがとうございました」



