同じ話を何度もするフィリピン人の同僚がいる。

その同僚、1つのことをするにあたって、

始めからどういう流れで、どういう理由で、

どうなったから、今ここでこうする。

と、すべてのことにおいて説明が必要になる。

が、1回ではわからないので、何度も同じことを言わないといけない。

同じ質問が何度も来るから。

 

自分の中で腑に落ちるまで、何度も何度も同じ質問を聞いてくる。

 

そして、話が長い。

1文で完結できることを10文言えることはすごいが、やはり忙しいから無駄。

途中で、会話の途中で眠たくなって意識が飛ぶ。

 

一方、私は、

1度口から出たものを、覚えてはいない。

思いついたアイデアなんて、誰かが書いてくれていないと覚えていない。

し、二度とでてこない。

だから、同じ話はあまり出来ない。

聞かれても覚えていないことが多いから、イライラする。

覚えておけよと。

何度も同じ話をされていると、覚えていない自分が馬鹿だといわれている気がする。

馬鹿だといわれている気になる。

一度決まったことを、掘り返してぐちゃぐちゃにされるのも好きじゃない。

決めたことへの信頼感がない気がする。

 

馬鹿だと思われたくない。

 

実際おばかなんですよ。

おばかだなと思う。

馬鹿で万歳って思うこともある。

 

なのに、どうしておばかだと人に思われたくないんだろう?

 

なめられたくない。

下に見られたくない。

負けたくない。

馬鹿にされたくない。

信用されていない。

 

なぜ、そう思うんだろう?

何と戦っているんだろう?

 

 母親



誰もいない

そんな戦う人はいない

自分の妄想


出てきたら、それをただ自分で繰り返すだけ。

あらゆる形で出てくる。

お試しに、戦闘態勢

ではなく、

大丈夫だと、言う。


そう、大丈夫だよ、私。