1955年12月、日本国連加盟失敗
その際の安保理のやり取りが
16日までに国連公文書で判明(NY15日共同)。
同年、安保理議長国ニュージーランドは12月10日の会合で
日本他西側13カ国とモンゴルなど東側5カ国の加盟を
一括承認する決議案を提出する意向を表明。
日本加盟反対だったソ連のソボレフ国連大使が支持。
ロッジ米国連大使も東側5カ国に拒否権行使しないと明言。
しかし、中華民国(台湾、71年に国連の代表権中国に移転)の
蔣廷黻代表が13日の会合で
モンゴルが朝鮮戦争で北朝鮮に協力したと非難。
決議案はソ連への前面降伏だと反発し、
西側加盟候補に韓国と南ベトナムを加えるよう提案した。
米ロッジは支持したが、ソ連が拒否権行使。
蔣代表は国別承認投票でもモンゴル拒否権発動。
ソ連は西側13カ国全て拒否。
13日に決議否決される。
翌14日、ソ連は日本とモンゴルを除く16カ国加盟案を
安保理に提出、採択される。
この日を当時の加瀬俊一国連大使は『生涯最悪の日』と回想。
日本は正式加盟までの妥協案として準加盟も一事検討した。
(安保理改革案の準常任理事国案検討に酷似してるw)
翌1956年12月18日
日本加盟で重光葵外相が総会で演説する。
安保理大使発言録(NY15日共同)
12月10日
議長国ニュージーランド大使マンロー
「18カ国の即時加盟を支持する。
(承認の)決議案をブラジルと近く提出する。」
米ロッジ大使
「(西側)13カ国の加盟申請を支持する。
(東側)5カ国は反対だが拒否権は発動しない」
ソ連ソボレフ
「18国を例外なく加盟させることを断固支持する。
新規加盟に関する行き詰まりがようやく打破できる
真の希望がある。
本日の会合を転換点にすべきである。」
12月13日
中華民国蔣廷黻代表
「モンゴルは朝鮮戦争で北朝鮮や中国の共産勢力に協力した。
ニュージーランド案はソ連への全面降伏、道徳的自殺だ。
韓国と南ベトナムを加盟候補国に加えるよう求める。」
米ロッジ大使
「蔣代表は自ら信じる原則のため、
知性溢れ勇敢な戦いに挑んでいる。
安保理が過去、韓国と南ベトナムを圧倒的に支持
してきたことを考えると、全く妥当な提案だ。」
ソ連ソボレフ大使
「(中国の席を)不法に占拠している人物が
モンゴルに対する中傷めいたでっち上げを言いたてた。
安保理の決定を妨害するのが目的というほかない。