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日本の国家観の変遷

ある教授の興味深い分析


日本の国家観は、
国家は正義-正義でない-正義論の復活、
と変遷する。

戦前、日本において、国家は対外的利益守り、正義を担う存在だった。
敗戦で悲観論になり、湾岸戦争の国際貢献で国家の正義が復活。
憲法改正へと舵をきる。


満州事変
国際非難を浴びた際、「満蒙は日本の生命線」と正義を主張。
この正義は帝国主義的な権利論に基づく(教授)。
満蒙特殊権益論は日露戦争で国際的に認められた権利であり、
国際ルールには反していない、と主張。
まだ、この頃は国際世論を気にしていた。


日中戦争1937
日本の侵略を、東アジアの平和と正義のために戦う「聖戦」と言い出す。
国益を前面に出す間は自己欺瞞が少ない。
不利益なら戦争を止めるからだ。
しかし、聖戦となると、勝利しない限り終わらない。(教授)
国際ルールは英米が自己の利益のため押し付けたものだから
従わないと言い出す。
正義の内容が国際ルールから大きく逸脱した。


敗戦
三百万の国民が犠牲になり、正義の戦争は嘘だった。
「あらゆる国家は正義を担えないとする国家へのペシミズムが生まれる。
 これに裏打ちされた非戦論は国家の暴力性への自覚で、
憲法9条にも通じる」(教授)
国家への悲観は普遍性があり、戦争体験に根ざした説得力・現実感がある。
国家への悲観は憲法9条を支える社会意識であり、
日本人の国家観であった。
ナショナリズムに対する警戒感や不信感があった。
ナショナリズムの希薄さが戦後日本人の特徴だった。(教授)


湾岸戦争1991
経済大国にふさわしい国際貢献論が台頭する。
国家は正義を担うという前提の、国家の正義の復活だ。
こうした国家観に根ざす考えが改憲論を支える(教授)。


地域紛争の構造も残る。
韓半島、中台問題、
靖国・独島(竹島)・尖閣諸島問題。