~福岡・中国残留孤児 新たな出発~
NHK ETV特集
ここが私のふるさと
~福岡・中国残留孤児 新たな出発~
“夢にまで見た祖国は、一体どこにあるのか。”
日本に永住帰国を果たした約3千人の中国残留孤児。
そのほとんどが、
日本語が身につかないうちに全国各地に振り分けられ、
見知らぬ土地でバラバラに暮してきた。
不景気の中で真っ先にリストラされ、
生活保護を受けながら部屋に閉じこもる日々。
「人間らしい生活を送りたい」と訴えた裁判は去年和解し、
国が責任を認め謝罪、支援法に基づいて4月から給付金の支給が始まった。
しかし、彼らを受け入れる社会の体制作りは進んでいない。
言葉の壁や周囲の無理解の中で、安心して骨を埋められる“ふるさと”を
見つけられないまま、地域社会から孤立し、晩年を迎えている。
そうした中で、福岡市内の古い団地に残留孤児たちの交流の場が生まれた。
毎朝8時になると団地に住む20人ほどの孤児たちが広場に集まり、
太極拳を楽しんだあと中国語でお互いの悩みを話し、元気づけ合う。
4年前、裁判で原告の連絡係をしていた中本桂子さん(67)が、
同じ団地に自分以外にも苦しんでいる残留孤児が大勢いることを知り、
居場所を作ろうと始めた。
全国各地から仕事を求めて福岡に辿り着いた孤児たちは、
“同じ日本人として、社会に受け入れられて暮したい”、
“祖国日本を、本心から「ふるさと」と呼べるようになりたい”と願い、
ここ福岡で暮す決心をした。
最近、団地の集まりには、残留孤児の存在すら知らなかった近所の人たちが
興味を持って顔を出すようになった。
日本語がほとんどできない彼らが、言葉の壁を越えて、社会とつながり始めている。
5月上旬のお祭り「博多どんたく」に、歌と踊りで参加しようと練習を始めた。
番組では、団地に集う中国残留孤児たちの日々を追いながら、
筆舌に尽くしがたい人生の苦難を味わってきた人たちが、
社会とのつながりを求めて生きる姿を見つめ、
「どんたく」の晴れ舞台に立つまでの彼らの悩みや葛藤、喜びを通して、
日本社会は孤児たちをどう見てきたのか、
彼らを真に受け入れるためには何が必要なのかを浮き彫りにしていく。