親が入院しだしてから改めて自分のふがいなさを実感する。
「大学生だから」「やることがあるから」
そんな理由は理由ではなく言い逃れに過ぎない。
誰だってやることも自分の立場もあるはずなのに私は心のどこかで誰かに依存している。
そんな自分がふがいなくてやるせなくてたまらない。
親が一番苦しいのに何苦しがっているのだろう。
一番つらいのも親なのになんで悲劇のヒロインぶっているんだろう。
一番悩んでいるのも親なのになぜ悩んでるぶっているんだろう。
入院した親の見舞いに行くときも正直不安感と恐怖感でいっぱいになる。
病院という非日常空間へ行くことへのためらい、変わり果てた姿を見たく無いというわがまま、
自分が見舞いにいくことにより何か変わるのだろうかというあきらめ。
でも少し自分が行くことにより安心感を与えられたらという身勝手な希望と、
私が日常空間では平穏に楽しく過ごしていることを伝えて安心させたいという気持ちが心のどこかにある。
私は偽善者だ。
一回吐き出すと負の感情が止まらない。
負の感情なんて皆表に出さないだけで知らず知らずにため込んでいるものだ。
私は文章でしか排出できない。呆れた癖だ。
こんな文章書いてるのも私が駄目な自分に陶酔したいナルシストであるからに違いない。
太宰治みたいに。