通勤電車の中で闇の子供たちを読み終えた。
読み始めは「うわ、きっついな 最後まで読めるかな」という感じだったのですが、
子供視点から大人視点に変わるとスラスラ読めました。
子供視点はキツい。凄惨。
想像以上にひどい状況というわけではなく(いやもちろんひどいんだけど)、
こういう世界もあるだろう、といった感じ。
想像以上だったのは売春の値段。もちろんフィクションな部分もあるんだろうけど、
10バーツ~20バーツとか。1バーツ3円としても30円~60円。
ウリの値段じゃねえよ。駄菓子より安い。
正直、解決策はどこをどう見ても見当たらない。
政府も腐ってるし、経済は狂ってる。
人道的な部分を除けば(そこが一番大切な部分なんだけど)こうなって当然の状況。
親は金が欲しいから子供を売る。
ギャングも金が欲しいから子供を売る。
変態は子供が欲しいから子供を買う。
難病に侵された子供が別の子供の命を買う。
世界は都合よく回ってる。ただ一点、売られた子供の人生を除いて。
どうしてカネが欲しいんだろうと考えた。
テレビが欲しい。冷蔵庫が欲しい。もっといい暮らしをしたい。できれば一人で独占したい。
俺が好きなTVドラマにこういうセリフがあった。
俺はずっと考えてたんだ
俺たちはなぜ生まれ、なぜ死ぬのか…
けどいくら考えてもちっとも答えなんか出やしねぇ
けど俺たちはいつも何かを考える
花や木や虫たちはそんなことを考えたりはしない
花はただそこに咲いてるだけだ
ただ無心に精一杯咲いて、いつかは何も言わずに枯れていく
俺はそんな花が大好きだ
永遠じゃないから、いとおしく思って大事に水をやる
俺たちも永遠じゃない
やがては誰もが死んじまう
ただ花と違うのは考えることだ
もっと沢山の栄養を吸収したい
もっと太陽の光を浴びたい
できれば一人で独占したい
嵐が来て他人が流されても、同情はするが助けることはない
俺たちは同情が好きだ
俺たちは他人の不幸が好きだ
俺たちはいつもいつも自分を他人と比べている
いつもいつも小さな不満がある
孤独で、自分の無力を嘆いている!
誰かを不幸にして手に入れるものに一体何の価値があるというのだろうか。
もし、誰かを不幸にしなければ生きていけないというのなら、
そんな生が惜しいというのなら、
くだらない命なんていくらでもくれてやろう。
人は「狂っている」と言うだろうか。
狂ってるのは、お前らさ。
難病に侵された子供をして、母親は「ウチの子には何の罪もないのに!」と嘆いた。
ああ、確かに罪はない。
だけど、運もなかったんだよ。
別の子供の人生を終わらせて、自分の子供の人生を紡ぐ。
俺も親になったらそうなってしまうのだろうか。わからない。俺には母親を責めることはできない。
理屈じゃないのが、人間だからだ。
読み終えて、ふと「ああ、そういえば今映画もやってるんだっけ」と思いだした。
調べてみると、新宿で上映中。
たまには映画館もいいかと思い、仕事終わりに最終回に滑り込んだ。
12禁らしい。12歳の子供がこれを見てどう思うのだろう。
目を背けるだろうか。理解できないだろうか。糾さなければいけない、と思うだろうか。
映画だけあって、描写はややソフト。
ギャング側の主人公格、チューン(チットという名前になってたかな)もどこかニヒルに描かれている。
「しょうがないんだ」という感じ。しかし仕事はキッチリこなす。
ストーリーは概ね原作をなぞってるけど、最終的に児童買春宿は摘発されるなど救いもあった。
NGOの集会を妨害しようとする警察も描かれていない。この辺はタイ政府に考慮したんだろうか。
臓器移植のために命を奪われようとする女の子に対し、チューンが見せたひとつの優しさ―。
体をきれいに洗い、かわいい服を着せて病院へ到着。
「センラー、よく似合ってるよ」
これは彼の本音だったのだろうか。
死にゆく命に同情したんだろうか。
最後くらい、人間らしく扱ってあげようという、彼の「壊れていない部分」だったんだろうか。
謎というか、不明瞭な部分が一つ。
江口洋介演ずる日本の新聞記者、南部。
彼の視点で時々現れるフラッシュバック。
少年を連れて、暗いトンネルを歩く南部。
少年は「手を離して」と言う。
彼の部屋にあった、少年の写真。小児性愛者達の摘発記事。
カメラマン与田が南部の同僚から聞いた言葉「あいつの子は女の子だ」
冒頭で彼が言ったある言葉。
「ここは天国だ。(日本へは)帰らないよ」
果たして彼は小児性愛者だったのだろうか。
罪の意識に苛まれ、耐えきれなくなった彼が選んだ道―。
原作と大きく違ったのはそこかな。
