容疑者が殺人の嫌疑を掛けられるも、酩酊して記憶を失くした所為で自分が犯人かどうかも分からず、散々警察に問い詰められた挙げ句に結局自分がやったかどうかも定かでない密室トリックの謎を暴いてゆく、と云う愉快な話。そのストーリー展開が面白く、先が気になって一気に読み進めました。犯人や真相についてはそこまで仰天ではなかったのですが、密室の仕掛けはなかなか現代っぽくてこれまた面白いものがありました。

『スマホを落としただけなのに』の著者による、一風変わった密室ミステリー。

[梗概]

人気漫画家・西園寺沙也加が自宅で殺害された。

西園寺はラジオパーソナリティも務めているが、その日彼女は生放送の時間が迫ってもスタジオに現れなかった。ディレクターであり恋人でもある矢嶋直弥が心配して自宅を訪れたところ、絞殺された西園寺の死体を発見する。凶器と見られるネクタイは矢嶋のものであり、さらに矢嶋は死亡推定時刻に西園寺の部屋を訪れている。誰が見ても矢嶋が超一級の容疑者であるが、しかし西園寺宅を訪れたその夜、矢嶋はしたたかに酒に酔っており当時の記憶がほとんど残っていないのである。

本当に自分が彼女を殺してしまったのか。自分がこんな蛮行を行ったとはとても思えないが、警察から疑われ弁護士からも現実を突きつけられ、矢嶋の自信は次第に揺らいでいく。

記憶が無いだけでも不安なのに、恋人を殺してしまったかもしれない。現場は密室。しかも犯行が行われたと思しき時間帯に出入りしたのは自分だけであるという。犬に聞いたってコイツが犯人だと答えるような絶望的なシチュエーションでありました。

酔っぱらった人間が殺人を犯し密室を作り上げる。だけど自分はその記憶が無い。そんな事があるのかという話なのですが、記憶が無いために自分をそれをやったかどうか立証できないという。だからといってこのまま黙って手を拱いていたら逮捕されるのは時間の問題であり、仕方ないから密室の仕掛けを解いて真犯人を見つけ出すという、なかなか見ない、ちょっと珍しいストーリー展開であったと思います。読みながら、まあコイツが犯人ではないんだろうとは思うわけですが、じゃあ誰が犯人でありどうやって密室を仕立てたのかは分からず、そこが気になってだいぶ読み耽っていました。

真相としてはそこまで驚天動地という感じではありませんでしたが、犯人についてはノーマークの人物でありました。もっとも、どちらかと云えば「コイツが犯人だったか」という驚かせ方は狙っていないんだろうなっていう印象。そして密室の仕掛けについてはいまの時代ならではのマテリアルを使った物理トリックであり、それが中々どうして新鮮でした。

雑学披露的な部分が少し含まれていて、そこは読んでいて『万能鑑定士Q』を思い出したものでした。

この作者さんはやはり『スマホを落としただけなのに』シリーズが一番有名であり代表作になっていると思います。そちらと比べてしまうと本作はどうしても地味に感じてしまう部分はありますが、それでもこのユニークなストーリー展開や『スマホを～』に通ずるドライブ感は群を抜いており、痛快なミステリーが楽しめました。加えて、徹頭徹尾ダークでシリアスであった『スマホを～』やあるいは『あなたもスマホに殺される』とは違い、シリアスはシリアスなんだけれどちょっとユーモラスなテイストも帯びており、それがまた地味にツボ。『スマホを落としただけなのに』しか読んだことが無いというかたは、是非こちらも手に取ってみてはいかがでしょうか。

読了：2024年2月26日

◆読書感想【ちょっと一杯のはずだったのに / 志駕晃】