あの『粘膜』シリーズの著者によるエッセイであり、著書を一冊でも読んだことがある人であれば、まあ内容に関しては推して知るべしというか、とにかく常軌を逸した珍エピソードの数々が収めされています。大学中退、派遣工、作家デビュー後。いつの時代も著者の周囲は特級呪物の巣窟みたいな様相であり、こんな類のエピソードは人生でひとつでも多いだろうとは思うのですが、よくもこれだけ愉快な事件が次から次へと起こるものだと妙に感心してしまうのです。そしてエピソード自体もさることながら、軽妙でシュールな語り口がまた笑いを誘う。

 

 

 

 

 

[内容]

第1回  革命前夜

第2回  男のプライド

第3回  決断

第4回  常識

第5回  地獄

第6回  笑い

第7回  恐怖

第8回  大志ヲ抱ケ

第9回  不意討ち

第10回 神

第11回 世界の終り

第12回 約束

あとがき

年表

 

 

先述のとおり、怪作『粘膜人間』の著者によるエッセイ。「MANGA家」(ローマ字表記なのは世界基準だからとのこと)になるという大望のもと、歯科大学を中退するも、鳴かず飛ばずでバイトや派遣工に明け暮れる毎日。その後『粘膜人間』によって作家デビューを果たすわけですが、それまでの学生時代や工場勤務時代を中心に、デビュー後も含め著者の周囲の「濃い」エピソードが12回分語られています。漫画家を目指すことも大学を中退することも工場に勤務することも、どれもさして珍しい話ではないわけですが、そこにおいて著者が遭遇するのは、珍しいと云うか普通無いだろうという、とにかくクセがあり過ぎる事件ばかりであり、それがまあなんとも笑えてしまうのです。

特に、大学中退後に勤務先で出会った人たちが非道い。処女と結婚すると豪語する者、必要以上に風紀を取り締まる者、パワハラが日常茶飯事の者。まるで平山夢明の小説に出てくるようなインセインな人物ばかり。よくもこんな魑魅魍魎が跋扈する界隈があったものだと、笑いと呆れとともに怖気が走ったものでした。

特にフェイバリットだったのは、殴られた連れを見捨てて逃げた『決断』と税金滞納により差し押さえを経験した『不意討ち』。前者はこの見下げた自己弁護が実にいい。後者については、助けを求めた電話で墓穴を掘ったところで声出して笑いました。

 

 

ちなみに、本書と同時発売されたのは『粘膜』シリーズの六作目『粘膜大戦』。内容的には戦争ファンタジー的な趣があり、こちらは全篇をとおして、どこか小林泰三的な世界観や台詞回しが感じられたものでした。

本書と両方あわせて読むと、平山夢明的インサニティと小林泰三的ガジェットが味わえることでしょう。『粘膜大戦』のほうは『粘膜人間』や『粘膜蜥蜴』と比べるとトーンダウンした感もありましたが、それでも鬼才と奇想が相和した快作であることは間違いありません。

 

 

全12篇のエピソード。どこを掬っても内容のインパクトは絶大であるし、それを綴るシュールでユーモラスな語り口も唯一無二。この辺の語り口やユーモアといったエッセンスは、『粘膜』シリーズに通底するものが感じられますし、各回に見られるネーミングセンスも秀逸。まあ最初から一気に読むと、最後のほうは装飾過多というか食傷気味に感じてしまう部分もなくは無かったですが、それでも他ではまずもって味わえないエピソードばかりなので、著者のファンはもちろんのこと、著者の小説を読んだことがない人でも、楽しめるエッセイになっていると思います。

ちなみに、自分が読んだのは先日上梓された角川ホラー版ですが、内容としては2016年の文春文庫と同じだそうです。

 

 

読了:2026年2月20日