水木しげる大先生が旅立たれて来年で10年。

『ゲゲゲの女房』の「その後」の出来事として、お亡くなりになる直前直後、そして数年経った後のご様子を、ずっと連れ添ってこられた奥様が語られています。54年隣にいた人が突然いなくなることの悲しみと喪失感は、文章として綴られている以上に大きいものであったようです。

そんな大先生が遺された品物や言葉たち。それら一つひとつから、夫婦愛、家族愛、周囲やファンの人たちへの感謝に溢れたエピソードが窺えました。そして偉大な大先生と一緒に人生を歩んできた奥様の「あるがままに」という金科玉条。それはとても素敵なことであるけれど、この中でも述懐されているとおり、とても難しいことでもあるのでしょう。

「無為自然」も素敵な言葉だと思ったものでした。

 

 

 

 

収録

第1章 止まった心の時計

第2章 突然の別れ

第3章 水木しげるが遺したもの

第4章 水木しげるの作品について想うこと

第5章 無為自然活

第6章 ゲゲゲの女房、娘二人と大いに語る~水木家座談会~

ゲゲゲのおまけ

 

 

「その後」

『ゲゲゲの女房』が上梓されたのは2008年。そしてその七年後である2015年に、水木先生が亡くなれたわけですが、その直前直後のご本人とご家族のご様子が前半のほうで綴られています。

夫婦揃っての入院、退院、平穏な日々が続くと思った矢先に突然の転倒、延命措置の拒否、葬儀、お別れ会、遺品の整理。その怒涛の日々は、悲しみと慈しみが綯い交ぜになり、読んでいるこちらも涙を誘われるものがあります。

大先生がお亡くなりになったその数年を「心の時計が止まったままだった」と述懐されていましたが、54年も一緒にいた人が突然いなくなってしまうという事は、そういった感覚をもたらすものなのかもしれません。ご高齢の方であれば共感できるという人もいらっしゃることでしょう。

そししてそこから『鬼太郎』アニメ6期だったり「水木しげるロード」のリニューアルだったり、この本の出版が決まったりして、止まっていた時計の針が再び動き出したのだそうです。

 

 

あるがままに生きる = 無為自然

大先生の旅立ちという出来事を経て、『ゲゲゲの女房』における「終わりよければ、すべてよし」という在り方から、「あるがままに」「すべてに感謝」に心境が変わられたそうです。

「あるがままに生きる」とは「無為自然」と言うのだそうですが、自然のまま自分の気持ちに素直に従い、起こった事すべてに感謝する。すなわち「無為自然活」を励行されているとのこと。

それはとても難しいことであると言えるでしょうでしょう。大人は大人で義務だの責任だの付帯するものが多いだろうし、子どもは子どもで必ずしも自分の気持ちに素直になれている訳でもないのだろうし。だからこそ、ここで言われている「生まれたから生きている」という無為自然の在りようは、とても素敵なことだと思います。そしてそれが「長寿」にも繋がるのかなって気がしますし、いまの時代を生きる多くの人たちにとって生き方のヒントになるのではないかとも思います。

 

 

弟子・荒俣宏と京極夏彦

大先生の弟子である荒俣宏先生と京極夏彦先生のことも、少しですが書かれています。

荒俣先生は「心友」として、京極先生は「水木作品に一番詳しい」として奥様の目線で紹介されていました。

特に別荘におけるハチ騒動のエピソードは、『ゲゲゲの娘日記』でも読んだことがありますが、翌日京極先生がお礼に来たという話がとても面白いです。わざわざ礼を言うようなものだろうかとも思うのですが、そこでお礼に行くのが師弟の仁義というか妖怪小説家クオリティというところでしょうか。むしろ京極夏彦ってバーベキュー行くんだ、って妙なところに感心したものでした。

荒俣先生との出会いは前作『ゲゲゲの女房』のほうでも綴られていましたが、京極先生のことを奥様が語られているのははじめて読んだので、その辺もまた新鮮でありました。大先生の描く京極先生のイラストがまたツボ。

 

 

三作目として『長寿力』も2021年に上梓されています。90歳を迎え2032年の100歳を目指している著者が、「チャレンジ」や「コミュニケーション」といったテーマに沿って、その「長寿」の秘訣を著しています。一作目だけ読んだことがあるという方は、『その後』『長寿力』も合わせてお読みになってはいかがでしょうか。

誰しも普段の生活において生き辛さや息苦しさを感じることはあるかもしれませんが、そうした時に、この「無為自然」「すべてに感謝」という在り方はなにか示唆となるのではないかと思います。

 

 

読了:2024年8月24日