ノワール感とサスペンス感が最高の一篇でした。復讐を目論む男とふたりの殺し屋による三者の視点でストーリーが進んでいくわけですが、アンダーグラウンドな趣は共通しつつも語り口や空気感はそれぞれ異なっており、それによって生まれる全体のストーリーは、なかなか他所では味わえない面白い読み味を出していると思います。ドライブ感もすこぶる痛快。
また、人間が群れをつくり出すと、そこには闇が生まれて深くなり、そして逸脱した者も現れる、というそんな示唆も含まれているような気がしたものでした。
[梗概]
元教師・鈴木の目の前で、男が車に轢かれて死亡した。その男は悪徳企業「フロイライン」の社長の息子であり、そして鈴木の妻を殺した犯人でもあった。鈴木は復讐を果たすため「フロイライン」に入社したわけだが、その相手は「押し屋」と呼ばれる殺し屋によって轢死させられてしまったのだ。事故現場から立ち去っていく「押し屋」の後を鈴木は追いはじめる。
一方、殺し屋・鯨は、政治家の秘書を自殺に追いやって殺害し、もうひとりの殺し屋・蝉は水戸の新興住宅地で一家全員を惨殺していた。異なる境遇の三人の物語が交錯をはじめる。
鈴木・鯨・蝉という三人の視点が順番に描かれることで、ひとつのストーリーが紡がれていく、という構成。それぞれ特性も境遇も異なり、互いに何の繋がりもない三者の視点が交錯していくさまは、なかなか先の展開が予想できないものがあり、ストーリーのドライブ感も奏功して始終いいテンポで読み進めていました。
なかでも鯨視点は倒錯と陰鬱を湛えており特にフェイバリット。読みようによって幻想譚とさえ言えるのかなという印象もありました。一方の蝉視点は、飄々としたセリフ回しとやり取りが魅力的ではありますが、それでいて凄惨的で猟奇性も帯びており、そのバランス感はある意味では一番闇深いようにも思えたものでした。
鈴木のほうは「押し屋」を尾行して、その住まいと家族を突き止め、さらに成り行き上、家にまで上がり込むことになります。この「押し屋」一家については、読んでいて違和感があったわけですが、やはりというかそこには意表外の真相があったのです。
そしてタイトルの「グラスホッパー」とは、言うまでもなく「バッタ」の意味。
密集したところで育ったバッタは「群集相」というタイプになる。見た目は茶色いバッタであり、大勢で生きていると餌が不足するため、餌を求めて遠くへと移動できるように飛翔力を備え、そして狂暴になるという。そんなバッタの生態が作中において語られており、人間社会の様相をそれに擬えています。
人間も社会を生み出し群れとして生きているわけで、その中においては凶悪な性向を持ったり闇堕ちしたりする者もいる。生まれつきそうした資質を備えた者もいるかもしれないけれど、家庭や社会といった「群れ」によってそうなってしまう者もいるのでしょう。
鈴木・鯨・蝉、あるいはその周囲の者たちは、「群れ」の中ではアウトサイダー的な存在と言えるのだと思います。それは生来のものかもしれないし、生まれ育った環境ゆえかもしれない。いずれにせよ、「群れ」というものがあるから、アウトサイダーという存在も生まれる。標準なくして逸脱はない。読んでいてそのような感懐を抱いたものでした。
『マリアビートル』『AXアックス』へと連なってゆく殺し屋シリーズの一作目。ドライブ感もストーリー構成も一級。そして珍しい読み味をもった、稀代の殺し屋小説と言えるでしょう。
読了:2026年3月6日
