悔恨と怨嗟の復讐劇、ではあるのだろうけれど、思っていた方向とは結構違っており、それが実に面白かったです。

崩壊事故のあと、自分たちを見捨てた男を探している女性、そして探されているほうの男性。そのふたつの視点が綾を成して展開していくストーリー。

恋人を目の前で死なせてしまった憐れな女性と思って最初は彼女に同情を覚えるわけですが、読み進めるだに違和感が生じてくるのです。その真相はナチュラルサイコで業が深く、なかなか面白い書き方であったと思います。ストーリー展開もよかったしテキストも読みやすく、前作『レモンと殺人鬼』よりもだいぶ好み。主人公はなんとも狂気染みているし、イヤミス的なラストがこれまた怖気走るものがありました。

 

 

 

 

[梗概]

日羽光は、古民家カフェにおいて目の前に座る盛岡颯一を見つめ、希望と幸せに包まれていた。しかしその幸福は、建物の崩壊事故という予想だにしない災害によってあっけなく潰えてしまう。瓦礫の隙間に倒れて動けなくなった颯一。声をあげて助けを求める光。その声に応じて二人の男が光と颯一のもとにやって来るが、しかし一瞥しただけで手を差し伸べることもなく踵を返してしまう。なぜ颯一を助けてくれないのか。なぜ颯一を見捨てるのか。しかも二人のうちひとりは医師だというのに。光の胸にはいくつもの疑問と憤怒と絶望が去来し、そして何も出来ぬうちに、颯一は不帰の人となってしまう。

事故のあと光は、颯一を見捨てた二人の男性を探し始まる。なぜあの場で颯一を助けてくれなかったのか。その真意を問い質すために。しかし、ひとりの身許が分かり、意を決して話を聞こうと本人に近づいていったその矢先、思いも寄らなかった事件が起こるのであった。

 

 

著者の作品としては、「このミス」大賞を受賞した『レモンと殺人鬼』が有名だと思います。実際、どんでん返しがいくつも仕込まれていて吃驚の多いミステリーであり、昨年特に話題になった一冊でした。

もっとも、自分の感想としてはこんなにどんでん返しが必要だろうかと思ってしまったり、どうにも力技的な印象があったり、ストーリーそのものよりそっちの方が記憶に残ってしまい、自分はそれほどいい印象を持っていなかったのが正直なところ。実際読書メーターでほかの人の感想を見る限り、結構賛否なり好き嫌いなりがあったようでした。

しかしこの『復讐の泥沼』は、ストーリー構成の妙やミステリーとしての仕掛け、そして狂気に憑かれた感が、『レモンと殺人鬼』よりも更に洗練されており、自分の中でもかなりフェイバリットです。

 

最初のうちは主人公に対して、目の前で恋人を亡くした不遇の女性・真実を探ろうと希求する健気な女性のような印象を抱くわけですが、ストーリーが進むにつれ次第にその印象が変容していきます。不遇は不遇なのかもしれませんが、健気というよりもはや狂気に憑かれたサイコパス感がありました。

主人公は自分たちを見捨てた男たちを探そうと奔走するわけですが、一方で探されているほうの男性も主人公のことを探しているという。主にこの二つの視点が交錯しながらストーリーが進行していく、なかなか見ないストーリー構成であり、それが実に面白かったです。そしてラストはまさに絶巓のイヤミス。

 

 

『レモンと殺人鬼』の鬼才によるサイコサスペンス長編。『レモンと殺人鬼』が好きだった人はもちろん、イマイチだと感じた人や未読の人も、サイコサスペンスが好きであればきっと楽しめると思います。映画化とかがあっても面白いかもしれませんし、次作にも期待を寄せています。

 

読了:2024年9月15日