なんとなく8分くらいの間隔から12分くらいの間隔になったとこで産院に電話。
あと1時間様子見ましょう、その間にお風呂入れるなら入って。とのことで、お風呂にはいる。
そうこうしてる間にだいたい6分台の間隔。
もう一度電話したら病院来てください。
うちまで来てくれてた実母と主人と3人で産院へ。
22時前くらい、病院にいったら内診。
その時点で結構陣痛は痛いけど子宮口2cm
まだかかりそうですねー。とのこと。
その後NST
このあたりからなかなか耐え難い痛みになってくる。
とりあえず痛い時は痛いと言う。
この時くらいに主人が義実家に電話。
そうなったらあれだけ言ってたのに、義両親が病院に来ると。。。。
阻止してくれよ!旦那!と思ったけどもはや痛みがそれどころではないので
来ても対応する気もないしまあいいやという気持ちになる。
NSTが終わったら病室(個室へ)
もうかなり痛い。
溶連菌が陽性なので抗生剤を点滴。
一回ミスられる。かすかに怒りがわいたけどもう痛いから別にどうでもよい気持ちにもなる。
痛みの間隔こそあるものの、
痛くないって思える時間がほとんどなくて、だいたいずっと痛い。
家にいたときに感じてた傷みとは比べ物にならない。
よつん這いがなんとなく凌ぎやすかった。
腰をさすってもらうのはよかった。
ごりごりさすってもらうのがよい。
この辺はちゃんと時間見てないけど
途中の内診で4cmか5cmと告げられる。
この辺で義両親が来たらしいけど、もはやあたしは四つん這いになって耐えてるから顔も見ず。
そして夜間ということもあって、助産師さんから、
主人と実母以外はできれば帰ってくれと言われ、
あたしは心の中で万歳。
ただし義両親への対応はしなくてすんだものの、
主人も実母も義両親の対応のため、いつのまにかあたし病室に一人。
誰か背中さすってくれーー。と思いながら、
怒りの気持ちももはやどうでもよい。
ひたすら耐える。
この辺で2回くらい吐いたと思う。
いきみたくなるって感じはあまりなくて、
ひたすら、超ド級の生理痛みたいなやつの波に耐えるって感じでした。
その後何回目かの内診で子宮口8cmくらいまできてます。と。
このタイミングでもう日付は変わってたらしいので、
0時過ぎ。
そろそろ破水するかもと言われて助産師さんが出てったすぐあと明らかに破水。
確認されて、分娩室に移動してNSTをつける。
もうかなり痛い。
痛いときは痛いと言う戦法だったけど、
この辺は痛いって叫んでた。
あともうやだとかもう無理とか叫んでた。(あとで主人に語彙力がないって言われた)
そのあと、いきみたい感じってやつがやって来る頃にはもうどうやら子宮口10cm近くなってたのでいきむ。助産師さんからも力いれていいですよと。
何回かいきんだ後、
あ、これ、いきみたい感じに合わせていきむ、ってよりは、
いきみたい感じが来たらそれにのっかって死ぬ気でいきみにいかなきゃダメだってことに気付き、
お腹いたい感じになったらとにかくがんばる。
目を閉じないのと、お腹の方を見るのと
あともうなんかドス太い声が出てたよね。
呼吸法とかもあんまり細かいことは考えずなるべく吐くってことのみ。
声を出しながら息を吐いてた。
この辺で気づいたのは、
お産に関して手を出すのってほぼ助産師さんで、
医師は会陰を切開するときにしか登場しないのね。
というわけで、会陰は切られたけど、ぜんぜん痛みとかわかんない。
そして何度かいきんで助産師がたくさん声をかけてくれて、
最後ににゅるっとした感覚があって
0時56分
女の子が誕生しました。
初産なのを疑うかのような、
病院ついてから3時間の出来事でした。
そのあと、後産。
さっきよりぜんぜん痛みの度合いは少ないはずなんだけどやっぱ痛い。
その次は医師による会陰縫合。
なにをやってるんだかわからないんだけど
これが地味に痛いし長い。
その後赤ちゃんをだっこし、
出ない乳を飲ませ、
隣のお産の声に思いを馳せ、
3時近くまで赤ちゃんと過ごし、
とりあえずお産が終わったのです。
出血が多めなので、その後1時間分娩室にあたし一人で待機。
大丈夫そうだなってことで病室へ戻り、
会陰の痛みが辛いので10か月ぶりの鎮痛剤を飲み、
でもまだ傷は痛いし、アドレナリン出てて寝れないし、
忘れないうちにって思って、これを書いてるなうです。
今日は分娩当日なので、
寝ておきてもまだ母子同室ではないらしい。
授乳の時だけやってくるらしい。
明日の14時の面会時間に主人と実母がやってくるまで、一人。
よし。そろそろ眠くなってきたので寝ます!