3月は別れの季節。

あゃは大学に入ったときから卒業したら地元に戻るって決めてたんだ。

だから地元を離れるときも「4年たったら戻れるんだから」って思ってた。

早く戻りたくてカウントダウンしてた。



それがまさかこの地を離れるのがさみしくなるとはなー。

あゃは別れに対して淡白って言われる。

実習の患者さんとか、スケートの仲間とか、学校の友だちとか。

今日でお別れとか「来年から会えなくなるね」ってときに「あゃはさっぱりしてるねー」ってよく言われる。



それは事実。

でもそれは表に見せる顔であって本当は人一倍寂しい思いをしてるんだよ。

そういう気持ちをあまり出さないのには理由があるの。

ひとつは別れの寂しい気持ちから逃げてるから。

向き合ったら自分がしんどくなるから。



もうひとつは別れに対して自分なりの考えをまとめて気持ちを抑えるから。

例えば実習の最終日で患者さんとお別れするときは「働きだしたらこういう出会いと別れは数えきれないくらいあって、いちいちその度に泣くほど寂しがってたら自分の心が持たない」ってわりきってるの。

こういう風に言うと冷たい人みたいに見えるけど、そんなあゃも初めての実習の最終日には患者さんと会えなくなるのが寂しくてうるうるしてたんだよ。

いろいろな経験をしてこういう考えに至った。



スケートの同級生が引退するときも寂しかったけど「スケートっていう共通点がある限りきっとまた会える」ってポジティブな考えを持っていたから笑って「ばいばい」って言えた。



今一番の大きな別れはスケート。

今度の試合で引退するからね。

数日前に引退について考えてみた。



たしかに学生スケーターはもう卒業だけどスケートはまだできるって思ったの。

地元に帰ったら冬はリンクがあるわけだし、仕事の忙しさは予想がつかないけど、滑れない環境ではないと思う。

スケートをやめたくなかったら続ければいいって思ったの。

学生を卒業したらやめなきゃいけないっていう決まりはないでしょ?

これはスケートをやめる寂しさからの逃げかもしれないけど、それでも好きなことなんだから続ければいいと思う。

だから引退に対しての寂しさは今はそんなに感じていないの。



じゃあ何が寂しいかっていうと大学に入ってからずっとお世話になっているスケートのチームのみんなと会えなくなること。

本当に居心地がよくて、心から信頼できる先生に巡り合えた。

地元に帰ったらもうこっちに来ることもそんなにないと思うから。



今日は最後のレッスンだったの。

あまり意識しないようにしてたんだけど、練習の最後に余分に曲をかけてくれたの。

いつもは人数が多いから1回しかかけられなくて、曲かけはとても貴重なの。



最初のジャンプを跳んだら先生の方から拍手が...

ちょっと見てみたら先生が並んであゃの滑りを見てくれてたの。

そのあともジャンプの度に拍手。

そしてノーミス!

本当に心を込めて滑れたよ。

まさか最後にこんなにいい練習ができるとはな(^^)



感動したけどまだ泣かないって決めてるの。

引退試合が終わるその時までは滑ることに集中するの。

引退だって強く思ったら滑ることに集中できなくなるでしょ?

引退試合を記念試合で終わらせたくないの。

最後まで選手としてベストパフォーマンスを目指したい。

だから先生に無理を言ってあまり跳べないジャンプを入れてもらった。

もちろん「挑戦することに意義がある」とか甘い考えじゃなくてしっかり降りることを目指してる。



あゃノーミスできるように頑張るから応援してください\(^o^)/



aya