死と向き合った事がらあるだろうか?
答えは、Nonだ。
幸せな事に、未だに
私は、両親からの恩恵や援助がある。
二人娘の長女の、私は
いくつに成ろうと両親にとっては娘だ。
私の父は、実はパパの病気の事では
かなり激怒した。
自己の健康管理一つも出来ないとは…
それ迄にも、散々に価値感の違いや
また経営者としての甘さからの失敗等に
多分に、実家が支援せざる得なかった。
勿論、資産家であるパパの実家には
相当に支援頂いた。
だから、私達はドラ息子とドラ娘の結婚
だった。
いつしか、年月が経ち
私は、現実と向き合う術を身につけた、
いや身につけざる得なかった。
そんな私とパパに 浅い
溝が出来た。
子供達は、私達を反面教師とした、
このままでは、いけない。
このままに、パパと暮らせない…。
私と子供達は、別に暮らす日々を
迎える迄、パパの行動にほとほと
辟易しながら、実行にうつすその日を
静かに待って準備した。
私達は、皆、残酷だった…一方で
私達は、自分達の心の平和の為に
私達が、私達らしくある為に
パパから逃げた…。
私は、私の正義を抱げ
二人の子供達を守ることに必死だった⁉️
パパは、きっととても寂しかったに
違いない。
淋しいなんて言葉では追いつかなかった
…だろう。
パパは、パパなりに私達を誰よりも
愛していた。
でも、愛情の表現を間違えていた、
「優しいけれど、思いやりがないの。」
と最大の理解者である義母は、私に
言った事があった。
国際医療センターで
パパの治療を待ちながら
そんなことをぼんやり考えていた。
明日へ続く