こうなってくると
自分で自分を否定しはじめる。
もちろん学校にも行きたくない。
2歳から喘息との付き合いがあり
何度か入院もしました。
夜中、母親が救急車を呼ぶか?
幼い時からわたしに判断を
委ねてくるのです。
9割は救急車を呼ばないと
なんとか意思表示しました。
子どもながら、家が貧乏で
救急車呼べば、即入院で
お金がかかることは
分かっていたからだ。
発作で苦しくて苦しく・・・
ただ、ただ。
今、辛うじて一呼吸できた。
あぁ、また次の呼吸ができるかな。
一呼吸、一呼吸
いま、生きれた
でもつぎはどうだかわからない。
苦しい・・・苦しい・・・
と一晩中たえていた。
その先の一線を越えるかどうかで
救急車を呼んでもらう。
もちろん病院の医師は
体内の酸素濃度が少なすぎて
生きてるのはふしぎなくらい。
と驚きながら母に怒っている。
そんな喘息を誘発させ
学校をずる休みするのだ。
誘発させるだけなので
大した発作に至らないこともあるが
中2の頃からのわたしは
大概はその方法で休むことにした。
つづく