信長は家康、秀吉、光秀の3人とも、この世からいなくなれっと思っておりました〓
後に、家康の側近として突然現れた「天海」と言う坊さんがこれらの意見を聞き、光秀をそそのかしたのです。
元々天海は光秀の血縁とも、同一とも言われてます。
後に日光東照宮の建立に携わり、その東照宮の家康の墓前には「鶴」と「亀」の像ががあります。
これには面白い説があり、家康没後に作られた日本の童謡に「かごめかごめ」と言うのがあります。
この歌詞には不可解な部分がたくさんあり、分析した学者の本では…
〓か~ごめかごめ(かごめとは「籠目」と書き六芒星の事)
〓かごの中の鶏は(信長の居た安土を籠の中としてその周りに家康、秀吉、光秀の領地)
〓いついつ出やる(これは「出遣る」と書き、罪人が牢屋から出る事を言います。
〓夜明けの晩に(これは夜の終わり、朝の始まり。つまり、信長の自害した時刻)
〓つるとかめがすべった(これは「鶴と亀が統べた」と書き、鶴と亀に象徴される誰かが統治したって事)
〓後ろの正面、誰?(後ろの正面とは光秀の出身地の岐阜から日光を向くと、真後ろが日本で唯一光秀の肖像画のある本徳寺)ちなみに京都で「正面」と言えば方広寺を指し、その真後ろには秀吉が葬られてますが…。
さて、総合すると…
籠の中の鶏、 すなわち信長がいつやられに出てくるのか〓
それは夜明けの晩です。鶴と亀に象徴される誰かが実行し、その者が日本を統治しました。
しかし、裏で操ってた影があります…て歌ってます。
当時、光秀の領地は敦賀と亀岡、すなわち鶴と亀〓
鶴は天へ、亀は海へ…すなわち天海〓


…なるほど。
さすが俺の歴史の、お師匠さん。