ナオミ(大坂)ちゃんやルイ(八村)君やサニ(ハキーム)君の偉業にやたら『日本人』的な冠詞が付くのを見るたびに
「日本人て…」
と思う、なんて書くと、どこからともなくやれ人種差別主義者だのレイシストだの(同じ意味やん、芸ないな)そんなこと言ってるからいい歳して結婚もできないだの(それただの中傷やん。ちゅうか、そもそも未婚は犯罪でも人格の欠陥でもないぞ。理性ある大人としての判断の産物かもしれんやろ←誰に対する当て擦りや)言われそうですが。
…架空の中傷に思いがけずヒートアップしてしまったので、一旦リセットいたします。図星を指されて逆上するとは、まだまだ修行が足りませんな。
さておき、ワタクシは彼女ら彼らが日本人であることに異議があるわけではなく、彼女ら彼らの偉業に同じ国籍を有するだけで
「(俺らと同じ)日本人ヤッター」
とか言って乗っかってしまう人たちへの違和感、いや、もっとハッキリ言えば揶揄の感情を持っています。
なぜそこで急に主語がでかくなる?
そして、本人の(資質や努力もなんだけどここでは触れない)『日本人です』以外のルーツやアイデンティティ全無視かい。
ルイ君がNBAドラフトの際に着用していた上着についての報道のされ方も、TV局によっては「裏地に日本の景色」しか言わないとか『なんだそのナショナリズム、反対側の身頃の裏地のベナンの風景全カット⁉』みたいな割愛へのムムム感よ。
『日本スゴい』の人々には、主語を拡大しての個人の努力や功績へのタダ乗りを控えていただきたい、と切に願う昨今です。
でもって、ナオミちゃんにもルイ君にもサニ君にも桐生君にも(あれ?なんか増えてる)その他関わりのある人もない人も、努力が報われたり、報われなくてもなにかの知見を得たりしながら、そこそこ充実した人生を送ってほしいとやんわり思っています。
要約すると
「自分軸で人生を生きて、他人は乗っかるものではなく応援するものと心得ようぜ!」ですな。
…まあ、なんて偉そう。