いちいち食いついているとそれだけで人生終わってしまいそうなので、近頃はかなりスルーすることも覚えましたが、 ホンマにしょーもないことでガチガチよな。と、途方に暮れることもたまにあります。
で、ガチガチにワタクシも倣うよう促す人に
「コレコレこうで合理的ではないし不要と考えるが何故必要か」
と問うと、まあ、面白いぐらいに
「前からそうだから」
「みんなそうだから」
「決まっているから」
「ここに書いてある」
「歴史的にこうなってる」
…お前ら、自分の意見無いんかい。
的な不毛に行き着きます。
またね、そういう人の「前から」っていいとこ数年前だったり、「みんな」は一人、二人、三人=みんなだったり、歴史的にといっても戦後とか明治以降とか古くて江戸時代からだったり(日本人の歴史何万年続いとると思とんねん)。
何より有意性に対する疑問に答えようとしてくれる人が極めて少ないのです。
そして、恐ろしいぐらいに、その決まり事が崩壊するとその世界がダメになると思っていそうなのですよ。根拠もなく。
先輩の意味不明の特権撤廃したって、部活もその競技もびくともせぇへんちゅうの。ぐらいのレベルのことでね。
おほほ、前置きが長くなってしまったわ。
かように、やたら無法なワタクシでも、夏祭りのシーズン、浴衣姿のお子様やお嬢さんやママさんの中にたまに襟合せが逆の人がいると、無条件に
「アアッ!ひだりまえ…」
と思ってしまいます。
しかし待てよ。
着物は左右対称に仕立てられますので、着るだけならどちらの身頃を上にしても着用可能です。
『左前は死に装束』とは言われているけれど根拠もイマイチよく知らないし、昨今はカジュアル化が進み、着なれた服やお気に入り、大好きな勝負服であの世に旅立たれる方も多いのに今さらそれを根拠にするのも説得力に欠けるし、はだけて中身が見えてるわけでなし、なぜ左前をダメだと思っているのかしら?
オノレの思考と主義が矛盾していることに気付いたので、一度調べてみることにしました。
以外と長くなってきたのでつづく。