たぶん。
だから、つまらないものとかどうでもいいものかといえばそうでもない。
たまたまの産物だからこそ、自分で意味を決めてもいいのだと思っている。
もちろん、環境だとか、時代のうねりだとか、どうにもならないものの影響と無縁ではいられないので、生年月日で運命が決まるというような神秘思想的なものも否定はしない。
でも、そっちに全面的に乗っかるつもりも、さらさらない。
そういうものは、自分のほんの一部だらかだ。
例えば、ワタクシは(読んでる人には時々違和感があるかもしれないが)女性だ。
だが、それ以前に人間であり、それ以上に海月亭浮遊彦だ。間に、しがないサラリーマンとかもある。
運命というのは、この“女性”ぐらいのもんだと思っている。
自分の思惑では選べない、0.9:1.1程度の割合で割り当てられる、多少外からの得体の知れない期待値を伴うもの。
そんなもんにクヨクヨしてる暇があったら、別のことを考えて行動したい。
外的要因による運命的なものは、自分にはめられる型枠のようなもので、窮屈だが、場合によっては外から支えてくれるので、体力温存に役立つこともある。
頼りきると、筋力が落ちるように自分というものを失ってしまう恐れがあるが、適宜利用すればいいと思う。
で、大事なことを忘れていたけれど、実は、つまらなくてもどうでもいいものでも、全然OKなのだよ。
そういうもんだ。
書いているうちに何が言いたかったか忘れてしまったので、今日はここまで。