正体不明の債権に固執する。 | おまじないコブラはじめました。

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河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

人を恨んで償いを求める。

なんかしらんけど、ムダに疲れる行為だと思うときがあります。

むしろ、ムダな疲れしかないとすら思うことの方が多いです。

その疲れへの償いを欲するという形で、相手への債権が余計に膨らんだような錯覚に陥り、取立ての算段で頭が一杯になってしまうと、もう、なにやってんだかな世界ですが、取立てに奔走している間は「なにやってんだか」が見えなくなります。

困ったもんだな。

全てが終わるか、取立てること自体がとことん苦痛になってくると

「あの労力と時間を他のところに使えば、もっといいこといくらでもあったんじゃね?」

と我に返るんだけど。

そして、最初に取り返したかったものが、本当に元々あったかどうかも、実は疑わしいときもしばしばあります(いつでも債権が不当だとは思わないし、誰でも払うべき債務はあると思ってますよ。でも、払わないヤツはどんなものでも払わないよな)。

それでも、まだなおムダに浪費したものを返して欲しいと思う気持ちが新たに沸き起こる、そんなことが全くなくなることはないけれど、ちょっとは学習して行動にフィードバックしていかんとね。

それこそ、空費したものがムダになってしまうというものです。



さて、なにをそんなに恨んでるんだオレ。