あまり他人に関心がないなりに、ときどきは人様に幸せになってほしいな、と思うことがあります。
ただ、同時に、ワタクシの思うその人様の幸せは、その人様にとっての“シアワセ”とは少し違うのだろうなぁ、ということにもウスウスは気付いています。
ときには、その人様の向いている方にその人様にとっての“シアワセ”は無さそうだというときもありますが、よほどでない限りは黙っています。
そして、たまに後悔します。
傍観者が後悔している横で、それでも人様がさほど後悔しているわけでもないとき
「人にとって何が“シアワセ”なのかは、他人には測れないものなのだなあ」
と、改めて思ったりもします。
それでも、人様の幸せを、これからもときどきは願ったりするのでしょうね。
とくにきっかけもなく、タダ、ソレダケ。
思いついたので綴ってみました。
おわり!