年始から昨年を振り返るような番組をやってて
『奴らは“盗んだバイクで走り出す”ようなノリで、シリアへ渡って人殺しになろうとしてるような…』
と、イスラム国へ流れていく若者の映像を見ながら考えました。
あかん、こんなん書いたらファンから叩かれる。
という恐怖はありつつも、続けます。
ワタクシ、世代的に尾崎豊ファンが身近にたくさんおりましたが、当時からあまり彼の書く詞に共感できず
「お前、盗まれた人どんだけバイク探しとる思とんねん」
とか、
「お前が割った窓ガラス片付けしてる後輩が怪我したら、お前、ケツ(責任)とれるんか?」
…おっと、ティーンエイジャーは口が悪くていけませんね。
ともかく、そんな風に思っており、今でも、なにかよく分からないものを求めて暴れる人々に
『閉塞感があるんだねえ』というような理解ある目を向けることに困難さを感じます。
たぶん、その行動の先にあるものをイメージするほど、彼らには余裕がないのだろうとは思います。
でもな~なんだかな~
思考放棄はな~
などと、中年は中年なりに世を憂う、2015年の初めでした。