納涼・呪いの作法 | おまじないコブラはじめました。

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河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。



あーあ、祝っちゃったよ。

夏ももう終わったね…


とまあ、コレは数年前に作られたコラージュらしいのですが、人を呪うにはそれなりの知識も必要かな、と思い、ちょっと調べてみました。

ワタクシの自由研究だと思って温かく見守って下さい。

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[テーマ]丑の刻参りについて

〈序文〉
以下の内容は、小生が調べた内容に京都弁等のアレンジを加えた上で、どうでもいい茶々と私見を交えたもので、丑の刻参りの実践を推奨するものではありませんので、予めご了承下さいますよう、宜しくお願い致します。

〈本文〉
①起源について
諸説ありますが、宇治の橋姫伝説と、大陸渡来の人形の木片に鉄釘を打ち込む呪詛、陰陽道の術のスタイルが入り交じり、江戸時代にほぼ現在の作法?になったもようです。

[補足:宇治の橋姫伝説]
昔、『宇治の橋姫』っちゅう嫉妬深い平安貴族の娘がいて、どうしても許せない女を殺したい一心で「私を鬼に変身させて!!」と7日間貴船神社にお籠りして祈祷したところ

「21日間(37日間という説もある)宇治川に浸かりよし」との大明神のお告げを受け、本当に宇治川に浸かり続けて鬼になったそうな。

で、気に入らない男女を次々亡き者にし、ざっくり言うと退治されました的結末を迎えましたよというようなお話です。


②服装
白装束に一本歯の高下駄(天狗がはいてるようなヤツね)、頭に鉄輪(五徳)を逆さにかぶり、脚の部分に蝋燭を三本立てて灯をともす。
さらに、顔は白塗りにし、鏡を胸に下げる、というのが基本のようです。

明記はされていませんが、スタイルの確立された江戸時代の風習からすると、下駄を穿く足はおそらく素足と思われます。


③その他持ち物
藁人形、五寸釘、金槌


④呪術を行う時間
午前1時~3時の間、より正確には2時半~3時ぐらいらしいです。


⑤方法
神社などの御神木に呪う相手に見立てた藁人形を設置し、五寸釘を打ち込む、を7日間続けます。

(すると、7日目のお参りの帰路にでっかい黒牛が寝そべり道を阻むので、怯まずにそいつをまたいで進むと呪いが成就し、相手に死が与えられる、という最後の難関付きの説もあります)


⑥禁忌事項
呪いの儀式は絶対に他人には見られたり、知られたりしてはなりません。そんなことになったら呪いが自分に跳ね返って来ますので、秘密を知った人間は、きっちり始末しましょう。

などと、とても恐ろしいことが書かれています。

間違っても「丑の刻参りなう(今でもこの表現使うのか?)」と呟いてはいけないようです。

↑そんなヤツ居ねえよ!と言い切れない21世紀の日本…

あと、文献ははっきり確認できないのですが
『丑の刻参り中に転倒してしまったり、一言でも声を発してしまったら、呪いは無効』

という説も耳にしたことがあります。

蝋燭のロウが顔に垂れてきて、ウッカリ
「アツっ!!」とか言ってしまうと、そこでチャラになってしまうと。


人を呪うのも、そう簡単ではないようです。


とはいえ。


⑦素直な感想
世の中には、本当にどうしようもなく不条理なことがあるのも、人を呪わずにはいられない人は、おそらく精神的にかなり追い込まれているだろうことも、あえて置き去りにして言いますと…

「意外とぬるいな」と思いました。

そもそも、丑の刻参りの大きなルーツである宇治の橋姫は、自分の手で相手を葬りたい、と願い、20~40日弱も川に浸かり続けたのに、自分の手を汚さずにたった7日目のお参りで人の命を頂戴しようとは、甘い!

本気度が足らん!!


『人を呪わば穴二つ』という諺がありますが、この穴二つは、墓穴です。

ひとつは相手を埋めるための、そしてもうひとつは人を呪った自分用の。

人を呪うには、対象者と
「同じ墓穴に放り込まれへんなら、それだけで上等じゃい!」程度の覚悟は必要なようです。

(あかん、険悪な夫婦や嫁姑なら、瞬発的に出てきそうなフレーズや!)



⑧提案
呪詛の期間をもう少し長くする方が妥当ではないかと思います。

表の世界の願掛けたるお百度参りでも「百回は来い」と言われるのだから百日、それが無理ならせめて、季節が少し移ろうぐらいの日数―橋姫が宇治川に浸かり続けた37日間ぐらいはどうでしょう。

それだけの長期間、人に目撃されぬように周囲に目を配り、バランスを取りにくい履き物で平坦ではでない道を往来し―を繰り返せば、五感は研ぎ澄まされ、足腰ばかりか体幹も鍛えられ、丑の刻詣りを全うした人はより優れた身体能力の持ち主へと変貌を遂げるでしょう。

そして、もしかすると、或る日、いつの間にか鳴き始めたコオロギの声に包まれながら、ふと
「自分は一体何をしているのだろう?」と我に返る可能性もあります。

もしもそのような日が訪れなかったとしても、それぐらい期間が長ければ、やりきったあとに『こんだけしんどいことを最後まで続けられた』という事実は、もしかすると、その人にとって、ひとつ自信がついて一歩前に進むきっかけになるかもしれません(確実になにかが間違っていますが)。

不毛な行為なので絶対にお奨めしませんが、せめて、その人の未来に繋がる“行”的要素を持たせることができれば、と思いますので、気が向いたら

「丑の刻参りって本当は100日しないといけないらしいよ」というようなデマを流布していただけますと幸いです。



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嗚呼、ホンマに着地点おかしいし胡散臭い…


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以上、出来てない夏休みの宿題を「忘れてきた」と小賢しい言い訳をして9月にやっていたセコい子供のなれの果て、海月亭浮遊彦がお送りしました。