世の中にはいろんな人がいます。
うちの近所のパン屋さんは,パンの端きれを油で揚げて,近くの保育園や養護学校へ差し入れしているんだとか。
素晴らしい!
もともとパンの端きれなんて商品にならないからだろ?
いえいえ。
だって,コンロでわざわざ油で揚げて,さらに車で運んでいるんですよ。
そのパン屋のご主人曰く「見返りを期待しちゃできないよ。」だって。
たぶん似た話は,きっと他にもあるでしょう。
人知れずこっそりやってるとこが,何とも憎いじゃありませんか^^



それとは逆な人も。
バイクで地方ツーリングに出かけたりすると,気分が盛り下がる光景を目の当たりにすることがあります。
例えば先日なんですが,絵葉書のような八ヶ岳をバックに,山積みされた古いテレビや冷蔵庫の山。
そう,不法投棄です。
せっかくの景色が一瞬でダメダメに。
何とも後味の悪い光景でした。
都内では人目が多いせいかあまり見かけませんが,地方へ行くと結構目にします。
残念ながら,自分さえよければいいやって人が必ずいるんですよね。



とにかくいろんな人がいます。
例えば先日こんな記事が。

7月2日の東京新聞
『国旗国歌嫌いなら辞めるしかない』 教員不起立問題で知事

私は上田知事の考えに賛成ね。
入学式や卒業式で,国旗掲揚&国歌斉唱を断固拒否する一部の先生たち。
なんでも,日の丸や君が代はかつての軍国主義を連想させるからダメなんだとか。
はっきり言って私には理解不能。
もし生徒が…
「英語の授業はイギリス帝国主義を連想させるからPSPで暇つぶし~!」
…なんて言ったら?
普通,先生は叱るんじゃないですか?
「なに勝手なこと言ってるの!授業を受けたくないなら出て行きなさい!他の生徒に迷惑!」てな感じ。
でもね先生,国旗国歌反対だから起立しない&歌わないって,これと変わらんレベルですよ。
個人の思想および良心の自由は憲法19条で保障されているから,心の中で国旗国歌に反対しても何ら問題なし。
ぜんぜん構わない。
でも,式典の主役は,生徒ですよ?



なぜおかしな先生がいるのか…
私見ですが,実は国旗国歌を嫌ってるわけじゃないのでは?と。
要するに,権力に逆らうことで自己満足というか自己顕示というかマスターベーションというか。
先生の職って日常的に”見えない圧力”に晒されてますよね。
生徒の学力や非行,進路。
校長や先輩教師,教育委員会,PTA。
部活の顧問で休日つぶれまくり。
さらにモンスターな親なんていた日にはもうウンザリ。
目を輝かせて教職に就いたあの日が懐かしい…なんて。



自分は悪くないのに頭を下げなければならない。
なんでだよ!
いろんなところに常に気を使わなければならない。
疲れるわ↓
良いことしても当たり前で片付けられるのに,ちょっとでも冴えないことしたらダメ教師?
どう見ても自分よりも馬鹿そうな先輩や父兄に言われたくないぞ!
もしかして自分,損してない?
かなり貧乏くじ?
…なんてことになってるんじゃないかな。



そんな↓な気分の中,国旗国歌反対の件。
普段の小さな自分とは離れた,もっと大きなレベルの話。
いつもの自分を忘れられる。
なんだかちょっと偉くなったような。
ちょっと大きくなったような。
普段はひたすら従うしかない国や地方自治体の上層部を相手取って,堂々と文句言っちゃう!
うわー気分いいわ~♪
え?裁判?自治体と教委を相手に?
エリート相手に気分最高じゃん!
これって普段の小さな自分では味わえない快感~♪
…と,お下品な表現してみたけど,実はこんな感じなんじゃない?



その昔,親は中卒or高卒が当たり前で,先生は大卒の賢い人。
親は先生に一目置いてから子供も自然と先生に従った。
仮に先生が生徒を殴っても,親は
「きっと子供が悪かったんだろう。」
「まったくこの子は!先生,すみませんでした。」
…みたいな感じだった。
でも今では大卒が少しも珍しくない。
いつの日からか,先生は特別な存在じゃなくなったわけ。
家庭内での評価は”勉強を教えてくれる人”程度。
以前のような尊敬の念は無くなった。
結果,親も生徒も先生をなめるようになった。
だから,先生のストレスの一部は親のせいでもあるはず。



とまあ,先生のストレスはわかります。
けどね,先生,式典の主役はあくまでも子供達だってことを忘れないで。