てふてふが一匹 韃靼海峡を渡って行った (安西冬衛)



小中学生向けの「日本の現代詩」という本に載っていた安西冬衛という人の詩である。


題名は「春」だったと思う。 たったの一行。 短い詩だ。


「韃靼海峡」(だったんかいきょう)という言葉が、なぜか心に響いた。

 ボロディンの 「韃靼人の踊り」 っていう曲を思い出した。 大好きな曲だ。


短い詩だけに、空想と好奇心が果てしなく広がる。


碧々とした大海原の上を、一匹の蝶が海の風に煽られながらひらひらと飛んで行く。


吹きすさぶ風。海に叩きつけられるんじゃないかと心配そうに見守る僕をよそに、
蝶は遠く遠くへ飛んで行き、視界から消え去る。


僕は海辺に立ったまま、心に蝶の残像を抱きしめるのだ…。 波の音。潮風。太陽。雲。



けど…韃靼海峡って……どこ…?



以来、僕は韃靼海峡が気になり始めた。
「小学校社会科地図帳」 を広げて、懸命に「韃靼海峡」を探した。
インド洋のほうかな?ペルシャ湾??… 蝶がいるんだから、きっと暖かい海に違いない。


ずいぶん時間を費やして隈無く探してみたけれど見つからない。

残念ながら小学生用の地図帳は日本国内の地図がほとんどで、
世界地図はほんの数ページしか無い。


あきらめて地図帳をそっと閉じた。

心にもどかしさが残った。韃靼海峡ってどこだろう…?



中学へ行っても、僕は時折「中学社会科地図帳」を広げてダッタン海峡を探した。

中学3年生くらいになると生意気に、「韃靼」は中国語の当て字らしい、
という見当もつくようになっていた。


おや?、黒海と地中海(より正確にはアドリア海とエーゲ海)の間に

「ダーダネルス海峡」とある。


だったん、だーだねるす。。ん?!、似てるぞ!


我ながらの明察!と心を躍らせたのだけれど。。。残念。外れだった。深読みしすぎた。




韃靼海峡は 意外と近かった。


サハリン(樺太)とユーラシア大陸の間。
一般に「間宮海峡」と呼ばれる内海の別称。それが「韃靼海峡」だった。


それを知ったのはつい最近のことだ。


サハリンとシベリアの間に横たわる狭い海。。冷たい風の中を渡る蝶。

詩のイメージが少し変わった。


こうして僕の三十年来の謎は、


ちょっぴり寂しく、そこはかとなく哀しげな 春先の淡雪のように 解けた。