『もしわたしの人生があと1年と限られたものであったなら、

私は何を済ませて去るべきなのでしょうか?』

 

母の残したノートの中にあった書き出し

1981年6月5日の文章

 

当時私は6歳、弟は3歳

 

あなたは

子供たちの成長を

最後まで見れないとしたら

何を残したいですか?

 

 

 

【横浜】

安心介護と育児のアドバイザー大場まさみです。

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石にしがみついても長生きする決意

 

母が32歳で

私が幼稚園生の頃

母は舌の中にしこりや痛みを感じて舌癌の精密検査を受けていた

当時の私は知らなかった

 

母は名古屋出身で

織田信長の「人生50年」を幼い頃より

意識して過ごしていたらしいびっくり

祖母のゆかりに尼僧がいて

幼い頃尼僧に憧れたというエピソードもあって

達観した子どもだったのかもしれない

 

自分に人生に固執せず、

死に対する恐怖を持たず

欲を感じないで今に満足する人生を

信念としていた母

 

そんな人生の終わりを見据えながら

生きてきた母にとって

子どもが幼く(私が5歳、弟が2歳)

まだ30代で死ぬかもしれないという

突きつけられた事実は

母の信念を大きく揺さぶった事件となった

 

自分の人生に悔いはなく

生への固執がないはずなのに

とめどなく流れる涙を

 

『人生の誤算』

 

 

と表現している母の言葉

 

自分の命が自分だけのものでなくなる

 

母となったからには

『石にしがみついてでも長生きしなくてはいけない!』

と信念とは真逆な決意をしたと書いてありました。

 

そのノートで

《限りある人生で子どもにしてあげれることは何か??》

と考えた母は答えを

 

見守ってやれない子供達に、母の想いを、声援をたくさん残しておきたい

 

と思い

読み書きなどの教養はなく

 

ひらめき電球優しい心や強い心、豊かな情動、

子どもの芽を伸ばしておくことと

 

ひらめき電球人に迷惑をかけない

1人でも勇気を持って前に進むという生き方の原点

 

もう守ってやれない子供達に言って聞かせることが今の私に出来ること

 

そう決めたと書いてある

 

結果

舌のしこりは癌ではなかったが

母として子供に伝えたいことの信念は変わらなかった

 

 


すべては本が教えてくれる

 

優しい心や

強い心

豊かな情動を育てるのには

沢山の経験をさせないといけないけど

私の両親は

泥遊びや自然の中でキャンプとかの

体験型アクティビティは好きではなく

私は『キャンプ』というものを

結婚するまで知らなかった(笑)笑い泣き

 

 

綺麗好きな父は泥遊びで汚れた身体や洋服を

家の洗濯機やお風呂場で洗うのを嫌がったので

泥遊びはしなかったし

虫は嫌いな母が飼うことは許してくれなかった

動物は転勤族で社宅住まいなので禁止だった

 

目新しいことより慣れたことに安心感を覚える父が

よく連れて行ってくれた外食は父が行きなれた店

 

焼肉はよく行っていたくせに

クッパとかユッケとか

食べたことのないものが多くて

食べ放題も言ったことがない

中高一貫のお嬢様学校では校則をしっかり守っていたので経験値がとっても低くて

大学で友達には「箱入り」と笑われた(笑)

 

 

 

 

母は経験から学ぶことは少ないけど

本から学べることは無限にあると考えていた本好きな人

 

戦争をしなくても戦争をした人たちの書いた本を読めばいいし

冒険をしなくても冒険で仲間と乗り越えていく強さを学べばいい

母が死んでいなくなっても

助けてくれる人たちと良きコミュニケーションをとるために

沢山の話題についていける引き出しを持っていれば

色んな人と仲良くやっていける

もし、周りに手助けをしてくれる人が居なくても

自分一人で足をつけて考えて歩いていく方向を調べればいい

 

そう思って

私と弟を毎週図書館に連れて行って

本を沢山読む機会を作った

 

それが母の子育ての信念だったと知ったのは

私が子供を産んで母になってからのことで

母から子供たちへの誕生日やクリスマスのプレゼントは

図書カードであった

 

実際

本から沢山のことを学んだし

なりたいものの方向性を見つけることも出来た

頭でっかちな経験不足は

実際経験すれば解消され、それが私の想像の範囲のことだったのか

想定外だったのかは体験が実証となった

 

 

本が好きになったこと

色んな世界を知ることが出来るツールが側にあることを

教えてくれたのは今でも感謝している

 

 

では、もし私が今

余命1年で生命の限りがあるとしたら、何を済ませて去るべきか?と

考えてみると

残される人たちが笑っていられるように過ごしたい

と思っている

 

もちろん母が悩んだ年齢より上で

子供たちの年齢も全員中学生以上となったから

状況は違う

 

だけど、最後は

沢山触れ合って話して

色んな人の中で想い出される思い出が

笑えるエピソードを残したい

 

わがままを言ったとしても

喧嘩をしたとしても

文句を言ったとしても

迷惑をかけたとしても

最後には子供たちや夫の想いを受け取って

笑ってすませたい

 

私が教えることは【愛している】それだけ

どんな言葉も態度も全ての行動の選択も

私の愛を伝えたかった結果なのだと

伝えられたら私の生命の役割りは果たせたと思えるな~

 

そう母の残したノートを見ながら

母という一人の女性の考え方に想いを馳せています。

 


 

 

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