やさしい手放し


夜の静けさの中

帰宅したわたしの心は

どこか、ふわりと宙に浮いていた


寝室の布団を見たとたん

悲しみが 波のように押し寄せて

胸の奥が きゅう、と苦しくなる


立ち止まって

そっと、呼吸を感じる

今 ここにいることを思い出すように


落ち着いたはずの手が

ゴボウを削ぐとき、また揺れる

「私には、価値がないのかもしれない」

その声が心の底から湧き上がり

涙がこぼれ始めた


ひとりで、床に座って

肩を抱きしめるように

自分を抱きしめて

ただ、泣いた


「今までいっぱい見ないふりしてごめんね。

気づいてあげれなくてごめんね。」


涙の向こうから聞こえてくる ほんとの気持ち


泣ききったあと

胸のつかえが するりと抜けて

代わりにあふれてきたのは


夫が愛おしい

私だけを見てほしい


そう感じられた自分に、やっと出会えたような

ほっとするあたたかさ


ワンコと散歩に出たくなった

外の風が 気持ちよかった


帰ってきたら 夫も帰宅していた

あれほど感じていた壁が、もうなかった

たぶん

 わたしが作っていたんだ、あの壁


夜は、自然に近づけた

何も拒まれなかった

ただ、寄り添えた

ただ、うれしかった


そして朝

空は 澄んだ青色

まるで 心を映す鏡のように


夫が運転する車の中

触れ合う手のぬくもりが

今日という一日を そっと包んでいた


だから今日は

家事をちょっと手放す

夕飯は、買って帰る


がんばらない

がんばりすぎない

わたしを だいじにする日


もう じゅうぶん、頑張っているよ