下記はワクチン開発の方向を化学的に解説した報文である。
現代のワクチン開発を知るための導入点として紹介する。
ーー
Drug Delivery System, vol.37(1), 2022, p.25~34.
「不」に応える:mRNAワクチン/医薬のデリバリー
Answering to social issues: "Delivery of mRNA vaccines and therapeutics"
内田智士(京都府立医科大学)
ーー
mRNA医薬を紹介する。
<mRNA医薬.png>

mRNAには様々な遺伝子情報が搭載されるが、それを目的細胞内に送達させるために、
脂質ナノ粒子(Lipid Nano Particle: LNP)を使う。
同粒子の特性を示す。
ーーー
LNP:pH応答性脂質(ionizable lipid)、中性リン脂質、コレステロール、ポリエチレングリコール(PEG)脂質とmRNAからなる。マイクロ流路を用いpH3~4で調製される。
エタノール溶媒中の脂質と水溶媒中のmRNAを速やかに混合すると、
pH応答性脂質頭部の正に帯電したアミンがmRNAに結合し、逆ミセルを形成する。
マイクロ流路を用いて素早く混和すると、この逆ミセルが凝集する前に、周囲をPEG脂質が覆い、生体内投与に適した粒径のLNPが形成する。

LNPは、当初siRNA*送達に向けて、盛んに開発された。
*) siRNA: 21~23塩基対から成る低分子二本鎖RNAである。
siRNAはRNA干渉と呼ばれる現象に関与しており、transfer-RNAの破壊によって配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
本現象はウイルス感染などに対する生体防御機構の一環として進化してきたと考えられている。

siRNAとの結合を担う脂質として、カチオン性脂質が検討された。
しかし、カチオン性脂質は元来、生体内には存在せず、毒性の原因となるため、
現在ではpKa<7のpH応答性脂質が用いられる。

pH応答性脂質は、RNAと結合し、LNPにRNAを内包するだけでなく、エンドソーム脱出において重要となる。
pH応答性脂質頭部の第3級アミンが、エンドソーム内pHに応答し、正に帯電することで、負に帯電したエンドソーム膜と結合し、ラメラ相から逆ヘキサゴナル相へ転移することで、エンドソーム膜を破壊し、RNAのエンドソーム脱出を促進する。

疎水性尾部や、頭部と尾部をつなぐリンカーの構造が、その相転移に影響し、結果的にsiRNA送達効率を決定することが報告された。
さらに、エンドソーム内でのpH応答性に関して、数多くのpH応答性脂質を用い、肝細胞における血液凝固第VII因子のノックダウン活性を指標としたin vivoスクリーニングが行われた結果、pKaが6.2〜6.5において優れた活性が得られた。

このような開発を経たpH応答性脂質は、遺伝性トランス・サイレチン・アミロイドーシスに対するsiRNA製剤Patisiranとして実用化されている。

mRNA送達においても、pH応答性脂質のin vivoスクリーニングが行われ、
Moderna社の報告では、pKaが6.5前後のpH応答性脂質が、生体内投与後に高いタンパク質発現活性を示している。
さらに、エンドソーム脱出において、かさ高い尾部の構造が重要であること、尾部にエステル結合を挿入
することで、体内でエステラーゼにより分解され、脂質の排泄が促進されることなどが、同じ報告で示されている。
実際に、承認されたPfizer/BioNTech社、Moderna社のCOVID―19ワクチンでも、第3級アミンのpKaはそれぞれ6.09、6.75であり、尾部は分岐構造をとり、エステル結合が挿入されている。

pH応答性脂質は、LNPの機能において重要であり、国内外で盛んな開発が行われている。
例えば、細胞内でLNPからのmRNAの放出を促進させることで、高い翻訳効率が得られることが報告された。
この報告で用いられたpH応答性脂質では、2本の疎水鎖がジスルフィド結合で架橋され、さらに疎水鎖中にフェニルエステル構造を有するが、還元環境に応答して生じたチオール基が、フェニルエステル結合の切断にも寄与し、結果的に、細胞内取り込み後、速やかにLNPが不安定化する。

その他のLNPの構成成分について、コレステロールは、脂質層の空間を埋めることでLNPの構造安定性に寄与しているほか、エンドソーム膜との融合を促す。

中性リン脂質も、LNPの構造安定性や、エンドソーム脱出に重要である。
Pfizer/BioNTech社、Moderna社のCOVID―19ワクチンでは、
1,2―distearoyl―sn―glycero―3―phosphocholine(DSPC)が用いられている。
DSPCはPatisiranにも用いられている点で実用化に有利であったと推測される。

一方で、DSPCが、投与局所に強い炎症反応を惹起することも報告されている。
PEG脂質は、粒子形成の際に、凝集を抑制し、サイズを制御するほか、LNPの体内動態にも影響する。

ーーー ワクチンの送達 ーーー 
<こういうvaccineの重要情報が現場の医療関係者に周知されることが望ましい>

実用化されたCOVID―19 vaccineでは、LNPは筋肉内へ投与されている。
Moderna社は30種類のpH応答性脂質を用いたワクチンの最適化を報告している。
pKaが、6.6~6.9の設計で優れた抗体誘導効果が得られている。

興味深いことに、筋肉内でのタンパク質発現効率とワクチン効果はあまり相関しない。
すなわち、抗原タンパク質発現量以外のLNP設計因子が、ワクチン効果に寄与していると推測される。

その作用メカニズムについて、大動物を用いた報告もある。アカゲザルにmRNA搭載LNPを筋肉内投与すると、投与部位へ好中球、単球、樹状細胞が浸潤するほか、樹状細胞が活性化するなど、免疫が賦活化される。
免疫賦活化は、炎症反応を軽減するためのmRNA塩基の修飾を行っても誘起されることから、脂質に起因するものと推測される。

また、mRNA搭載LNPをカニクイザルの大腿四頭筋に投与し、その動態をpositron emission and computed tomography(PET―CT)で評価した報告では、
LNPの鼡径リンパ節、大動脈傍リンパ節、腸骨リンパ節への移行が観られている。
免疫細胞が豊富なリンパ節内の抗原提示細胞へ直接mRNAが導入されることで、高いワクチン効果が得られた可能性がある。

すなわち、ワクチンでは、抗原タンパク質発現効率だけでなく、免疫賦活化効果やリンパ節移行効率を踏まえたLNP設計が必要となる。
一方、マウスを用いた報告で、LNPの筋肉内投与後、肝臓や脾臓といった全身臓器でのmRNAからのタンパク質発現も観られており、体内動態の制御が今後の課題となる。

Moderna社がCOVID―19ワクチンで用いているpH応答性脂質も、マウスへの投与後速やかに肝臓や脾臓へ分布する。

さらに、LNPを用いたmRNAワクチンは投与局所に強い自然免疫応答を誘導し、COVID―19ワクチンにおける強い副反応の原因になっていると推測されている。

mRNA搭載LNPを、さまざまな病原体を標的としたワクチンプラットフォームにするためには、さらなる改良が必要であろう。

<ここから筋肉以外の部位への投与について記載されている。省略。
。。。インフルエンザウイルスに対する不活化ワクチンの点鼻にてベル麻痺が報告されるなど、他の投与系と比べ、送達システムの安全性がより重要。。。
と書かれている。>


ーーー p.32, 5節 国産ワクチンについて書かれている。<>内は本ブログ筆者による

<何故、国産の方向が停滞したのか?>
日本は、過去には1974年の水痘ワクチン、1981年の無細胞性百日咳ワクチンなどワクチン開発の分野で世界に存在感を示していた。
しかし、1975年にDTwP(ジフテリア、破傷風、全細胞性百日咳)ワクチンによる2例の死亡事故が報告されたこと、
1989年にMMR(麻疹、ムンプス、風疹)ワクチンにて無菌性髄膜炎が多数発生したこと、
その後に訴訟が相次ぎ、特に後者について1990年代に国が敗訴、責任を負ったことなどを契機に、ワクチンの接種、開発が停滞した。

<COVID vaccineで何故スパイク蛋白の全コードが使われるのか?>

mRNAワクチン開発では、第一三共株式会社、東京大学医科学研究所のグループが先行しており、非臨床試験の優れた成果を報告している。
LNPが用いられており、Pfizer/BioNTech社、Moderna社のワクチンでは、スパイクタンパク質全長を標的としていたのに対して、彼らは、receptor binding domain(RBD)のみを標的としている。

<キューバ、中国のmRNA vacc.もRBDのみと聞く。その方がADEを起こさない、と言われる。
Pfizerも当初そのラインが在ったが、途中でその方向が放棄された、と聞く。理由は不明。>

Pfizer/BioNTech社の臨床試験の報告でスパイクタンパク質全長と比べ、
RBDを標的とした場合、副反応がより強いことが報告されている。
第一三共らのグループも、RBD mRNAが全長スパイクmRNAと比べ、より強くI型インターフェロン(IFN)を誘導することを、in vitroで再現している。

一方で、mRNAのin vitro転写による合成の副生成物である長鎖2本鎖RNAを高速液体クロマトグラフ(HPLC)で取り除く。。。
<これではmass productionできないのでは?>