1、堂々と子煩悩で居られること
(というか実は自分が子供たちに構って欲しくってたまらないということ)
2、より声かけをして、より子どもたちに向き合って、子どもたちのほんの小さな変化に気づいてちょっとしたことでも幸せになれること
(健聴児の親の比ではない・・・はず。
僕は子どもたちが健聴だったらこんなに子どもたちに関わっていなかっただろう。)
3、家族のコミュニケーションが濃密になること
4、生まれて来た意味について本気で考えて、返って前向きになれたこと
5、自分が心優しくなれたこと(なれそうなこと)
他人の気持ちを今まで以上に考えるようになれたこと(多分)
子どもたちが心優しい人に育ってくれそうなこと
(「聴く」っていう字は「耳」+「目」=「心」と書く。つまり、耳で聞き目で見たことが「心」を作る。親の役割って大きいね。)
6、わずかばかりでも、人の役にたちたい。って思えること。
子どもたちもそんな風に育って欲しいし、自分も少しくらいは人の痛みや気持ちをわかってあげられるかな?って思えること。
(ごめんなさい。調子に乗って少々大きく出てしまいました。)
7、人とのコミュニケーションの重要性について知れたこと
8、子どもの寝言を聞いて
「ああ、夢の中ででもお話してるんだ。」
って幸せになれること
9、「パパ、ママ、お父さん、お母さん」と呼ばれて涙が出るくらい感動できること
10、心の持ちようで心境やその人の持つ雰囲気や魅力までも変わるということに気づけたこと
11、今まで知らなかった世界に触れられたこと
12、素直になれそうなこと
13、世間は自分が思ってたよりもずっと優しかったこと
14、愛情たっぷり注いでやれること
また、そうして育てられた子は幸せになれること
15、普通だったら恥ずかしくって赤面してしまうようなセリフを平気で言えること?また書けること?
16、将来、娘たちがこのブログを見てどれだけ愛されて育ったかを感じてくれるであろうこと


現に長野パラリンピックのメダリストが
「また生まれ変わって来れるのなら、
また障がいを持って生まれて来たい。」
とコメントしていたのを聞いて当時、社会人1年生だった僕には本当に衝撃的でした。