誰かに自分のなにもかもを受け入れてほしい。なんて思うことがある。


すべてをわかってもらえて、偽りのない自分がいて。

会話しなくても通じ合っている。みたいな。

でもそれはきっとみんな一度は思うことかもしれない。


なにかを受け入れるって、好きなことなら簡単に受け入れることができる。


だけど否定的なものを受け入れることってすごく難しいと思うんだ。


だから受け入れる必要はないと思うんだけどね。




でも、なにより自分を受け入れてあげることが一番大切なんじゃないか。


それはある意味、すべてを受け入れることになる。


そうすることによって、嫌いなものってのも、受け入れてることになるような気がする。




私、これは、嫌いです。という受け入れ方。


心に嫌いという事実を突きつけて、はい私は嫌いです!と受け入れる。


まあこれはなにも、嫌いだったら嫌い。で終わってしまうのだけどね。


受け入れるというよりただの事実。


だけど、自分に嘘をついている人は嫌いなことを、好きだと言い聞かせて動いている人も多いから、そう考えると、嫌いと気付いた時は心がいたいかも。



自分を受け入れることができていれば、嫌いってことは悪いような気はしない。


そこに他人が加わると、真実が見えなくなってくるけど。


相手がかわいそうだからとか、私がこうしなきゃ悲しむとか。



それは思いやりかもしれないけど、自分には優しくないよね。


自分には地獄をみせている。


他人に優しくするのも、自分に優しくするのも違うことだとは思わない。


同じ「人」に対して、優しくするんだからさ。



どちらかを選ぶのなんて考えたくないよね。


だから心の思うままに動くのが一番。


考えることは、自分にとってもよくない。


気持ちがぶれるだけなんだ。


そう、それだけ。