夏休みで、娘とTさんと旅にきた。
私は新しいチームを作った。
家族という名の血の繋がりだけ、
紙一枚の戸籍上の関係でない
信頼関係を築くことができるからだ。
それは、もう今年11年目になる。
わたしは機能性不全になったTさんの
父親の役目を果たすために
当時バンドのファンだったTさんの娘と
三人で、春夏秋夏どこかへでかけ、
年に何回かの旅行
父親としての進路相談、
3歳からの付き合いのMちゃんの
孤独や葛藤と寄り添った。
「お父さんとお母さんとでかけたい、ほんとうは…。utakataちゃんはしんゆう?」
「ううん、ちがうよ。わたしはお父さんだよ。どんなときも守って遊びに連れて未来を一緒に考えよう」
親になったことが、なかった私に
なぜこの言葉が言えたかはわからない。
父を亡くした時期と同じだったからもしれない。
でも、きっと私はこの子を心の底から間違っているとき間違っていると
生きるのに必要なことが何か伝えることができ、新しいチームを作れるという自信があった。
そして、あれから11年目が経ち
結果いまは別居して離婚準備をすることになった。
一緒に暮らしているとき、
誰もが辛かったこと。
毎週電話できいた。
家庭内鬱になり苦しんで助けようにも見守るしかなかった。
人は、我慢はできる。その場その場ではぐらかせばいいのだ。
しかし、
やがてそれは水面下でストレスや不安
そして怒りや怠慢、不理解から無関心に変わる。
マグマのように感情があふれでる。
今日、進路相談だった。
悩んでる友人の家族の問題の相談もだ。
深く淡々と話をした。
「どう?お父さんいる?」
「ううん、うるさいのがいなくなって楽だよ」
続く!