あふれる ことば ノート

あふれる ことば ノート

思いつくまま 気のむくまま
いまある よろこびを ♪♪♪

今朝、色んな夢をみて寝起き直前にふわっと優しいエネルギーに包まれパチッと目が覚めた。

身体がホカホカして気持ちよい。

普段の寝起きはしんどくて身体も朝方の気温の影響で冷えている。

あいを久しぶりに感じたなーと起きたら、

知人の誕生日メールの返信が届いていた。

『…歓びと祝福の光に包まれますよう…お祈りいたします』とあり、まさにその体感。

ダブルレインボーの虹の写真も添付されていた。

年に数回のやり取りだけで必要な時に時空を超えてつながれる安心感を思い出させてくれる人。

2025年5月からの冥王星逆行が今週始めに終わったからか、秋の涼しさからか今日は久しぶりにパリっと元気。
Threadsで、『生きる意味とは?』のつぶやきからインスピレーションでうまれた言葉。

世の中の出来事をみてると、
絶望的な気分になったり、
己の身に起きた不本意な出来事に
人間不信を増したり、
それでも、清々しく生きているとやがて帳尻が合ってくる。

この瞬間たのしんだり、絶望したりしつつ

長い目で観ることも必要だね。


自然のひかりや水や空に癒され、
思いもよらない人のやさしさに心洗われる日々。

望む道をいきるには純粋な心が必要らしい。

純粋なつもりだったけど、全然違った!

それも人間味があっていいよね。

わたしの中の哀しみを周りの人がやわらげてくれた。

かなりの人間不信だけれど、まわりの人々に助けられて生きている。

一緒にいてくれてあきらめずにいてくれてありがとう。


私の送別会に不参加連絡を2回したら、さらにリスケすると言われて腹を括り笑顔で参加したら、思わぬところであいに触れた。

まぁもう辞めるし、いいよね~と今生の別れと思ってたら、これからも気楽な飲み会に誘うよと2人が別々に言う。(送別会はメンバーを変えて2回)20才近くの年齢差があり、感覚も異なるだろうからと気がひけてた今までは何だったのかな。もっといっぱい話せば良かったのかな。

この夏ずっと葛藤を抱えて苦しんだ、過去生からの繰り返しの試練は、友人の占星術から『自己の創造性を怒りではなく献身に変えること』との明言通りになり、やーっとクリアした気がする。

すべてのあいにありがとう。

これで良かったと気づかせてくれてありがとう。

会の帰り際、皆の前でボソッと冗談ぽく『また電話してきていいよ』と言われるとは思わなかった。冗談やお世辞や、なんなら必要な事さえも言わないような君が。

しばらくしたら忘れてしまうから書いておく。

『また電話』の意味は、私の送別会キャンセル連絡をした時の電話の事で、話して日にちを延期するくらいなら予定日に参加することにした。

単に行きたくなかっただけなのだけど、

辛抱強く話しを聞いてくれてありがとう

清々しくすこやかにいきていこう。




理屈で話しても通じないときは、

感情を観て癒す。


観察して、自身の内側にある共鳴する部分を感じて、


ごめんなさい。

許して下さい。

ありがとう。

あいしています。


心の中で唱えて、(ホ オポノポノ)


すっきりした気分でいる。


もやっ

としたら奥にあるものを感じる。


腹が立つことや、話しが行き違う理由は様々でも、素直に まっさらな 良い気分で居ればいい。

衝突するのは、同じ 観たくない感情が内側にあるから。


相手はそれをみせてくれているだけ。


相手のせい、気に入らない人のせい、

にすると ぐるぐる同じループから抜け出せず、場面を変えて、登場人物を変えても似た事が起きる。


飽きるまでするのも自由。


ループから抜けると決めて、

誰のせいにもしないで、

心機一転、

気分転換して、宇宙の中心のエネルギーでいる。

お風呂上がりや、

雨上がりの青空のイメージ。


毎瞬間気持ちを意識して、

生きたい方へ、

自身の望む在り方を体現していく。


写真は加西フラワーセンターの木

この世は相対界だから
比べてしまうと

気は播磨中央公園のさわやかな空気がすき。

相対界に生きるも
絶対の真理を生きていく。

ぜんぶ あい ってこと。



兵庫県加東市にある播磨中央公園のバラが満開。



美しくてずっと見ていたい。



花からのエネルギー



広くて沢山のバラの花




今年の見に来られてしあわせ

あなたに伝えたい


たいせつにおもっていること


あいしてること


大丈夫だよってこと


ほんとうに


価値観や心の距離や捉え方は

様々で

一瞬すれ違ったり

ムカついたり

かなしい気がしても


それらは世の中の刷り込みで

もう要らない思い込み

意識をぎゅっとしばる

先入観を手放して


ずっとたいせつおもっていることを

感じてくれたらうれしい


春のひなたのぬくもりのように

5月のさわやかな風のように

清らかな湧水のような透明さで

いつくしんでいる


いのちのかがやきを

たましいの美しさを


意識をどこへフォーカスしたい?


毎瞬間どんな自分で在りたい?


外側の世界に理想を探すのをやめて


自分自身がそれを生きると決めると


その世界が展開する仕組み


先にね 自分がそう在る そう生きる


たのしくて しあわせな気分で


わたしの宇宙の中心で


地球のエネルギーを感じて


深呼吸する


よりいっそうしあわせな世界がひろがっていく


かなしくてもいい


じっと味わっていると

いつの間にか薄らいで

ほわっとやさしさが戻ってくる


たっぷり寝て起きたら

また望む世界をイメージして

毎瞬間それを生きる


わたしひとりじゃ出来ない事は

まわりの人々が助けてくれて

その優しさに

いのちのかがやきにうっとりする


あいにみたされる日々

9月の終わり頃にブチ切れる


出来事があり、


同時に前から気にしていた


頬の内側が腫れて痛く


しゃべったり食事がしにくくなった。


食欲も減退しほぼ1日一食に。


ブチ切れ案件は、


友人が足が痛く、

5月にわたしが受診した

鍼灸院へ行きたいと言うので予約した。


家族や別の友人も行くことになり

都度増えて、続けて四枠の予約と

なったが

砂原先生は心良くご対応下さった。


電話のやり取りから、

他の方を別の時間にして下さった

ような気がした。

砂原先生をもともと紹介してくれた

友人からは、予約がいっぱいの人気の先生と聞いており、興味本意で受診しないよう釘を刺されたことがある。


そんな予約の当日、

足が痛い友人がからデートを優先するからキャンセルすると連絡がはいる。。


ブチ切れつつも、

三人で受診し良い1日を過ごした。


その後、足の痛い友人からは

何事もなかったかのように

毎日ラインが来るが返事する気になれずにスルー。


頬の内側は痛いのでホメオパシーの

レメディ、フォスフォラスを摂ると

すーっと痛みが遠いておさまる。


頬の内側の痛みは、鍼灸院に行く前は全く無く、行った翌日くらいに痛みだした。


どうしてこんなことが起きるのかなあと内観を続けた。


最初は、どうして??


あなたが行きたいと言ったから

予約したのに当日その理由でドタキャンとは?!


ムカつく~~~


と怒りを味わう。


それから、


もう振り回されたくないから

関わらないでおこう

と思う。


そして、、


、、、でもこれはわたしの内側が


起こしているから気づかないと


また起こるよね、、、と


葛藤し峻巡する。


なんども。


落ち着くのに一週間かかったわ。


人のことなら、なぜそれが起きているかすぐにわかるのに


自分のことはわからない。


やっと 何となく わかった


ような気がする。


あとは もう起きないように


起きてもスルーして動じないように


気づきを深めていく。


不要な思い込みは手放していく


なんども なんども。


あぁ



ブログ書こうと思いつつ

心境を整理しようとすると

日が過ぎて


父が1ヶ月の間に三度、

救急車で運ばれた。


命に別状は無いが肋骨を7~8本

骨折しており、認知症、パーキンソン病、糖尿病の持病があり、

数ヶ所を何針か縫ったので

そのまま入院中。


外面はおとなしいが家族には

癇癪を爆発させて怒鳴ったりするので

入院はお互いに安心。


77才の父は病院がきらいではない。

60才過ぎて発症した糖尿病の治療等に

毎月病院に通い、薬を飲み、


15年以上それして治らないのなら

意味無いんじゃない?


と言うわたしの言葉はスルー。


毎日テレビの前に居て、

病院の医師の言葉に重きを置く。


わたしが なぜ病院や薬に懐疑的かは


99才で大往生した祖母の姿をみたから。


祖母は父の母。


60才~70才頃、祖母はそれまで

大量に飲んでいた薬を止めて

病院にも行かなくなった。


治ったわけではない。

幼かったわたしは深く考えもせず

ただ祖母がそれまで毎日10個くらいの

様々な薬を飲まなくなったのを見ていた。

(祖母の持病は糖尿病、心臓病等)


そして元気で穏やかに晩年を生きた。

薬は必要なかった。


畑で野菜を作り、朝晩般若心経を

仏壇と神棚に唱えていた。

身体が動く間は。


90才を過ぎてしだいに身体が動かなくなる祖母を介護したのは父だった。



父の話しに戻る。


先月初旬に家の中で転倒した。


だが、元気で、翌日はワクチン接種に

行ったところ、


接種後に帰宅してすぐに夕飯、

お風呂に入った後、

全く身体が動かなくなり、

そのまま一階の和室で就寝。


普段は二階の和室で寝ている。


夜中過ぎに母が様子を見たところ、

父がトイレに行けなかったようで

寝た体勢のまま漏らしていた。


(わたしは別に暮らしているので

後から聞いた話し)


そんな事はこれまでなく、

明け方に救急車を呼んで病院に行く。


(明け方までなぜ待つ、、

身体が動かない以外に緊急でないのか?)


病院では肋骨の骨折を指摘される。

ワクチンの副作用の言及はなかった様子。


(医者も今までワクチンの副作用なんてみたことないだろうから、わからないよね。わかったとしても言わないね。

新型のワクチンね。

過去、これまでのワクチンについての

副作用は沢山の実例があります。)



前日に家の中で転倒した時に

肋骨を骨折したと思われるが

翌日ワクチンを受けるまでは

元気で普通にトイレも行き

身体は動いていた。


結局、家に帰される。


そして、その日は一階に布団を敷いて

寝たようだが、

夜中トイレに起きた父は

(たぶん寝ぼけて)


二階に上がって寝たらしい。


翌日、なかなか起きてこない父の様子を母が見に行くと

父が寝た体勢のまま身体が動かないようでまたもや失禁。

大柄な父の身体が動かないので、

小柄な母はどうしようもなく

救急車を呼ぶ。


後から直接父に聞いたところ、

声も出せないくらい苦しかったらしい。


そのまま入院。


大柄で癇癪持ちで頑固な父の介護を

今後どうするか、

母と話し合い、

寝室の変更や介護用ベットの手配と

搬入など段取りしていると

数日過ぎて

父が元気なのでいつでも退院できると

病院より連絡がある。


、、、もっと居てくれていいけれど。


約二週間で父は退院。


ワクチン接種前よりも

あきらかに病状は進行しているが

本人は元気で食欲も旺盛。

身体も動くようになっていた。

(パーキンソン病の症状はある)



朝から、朝ごはん、びわ10個、

ブルーベリー、バナナ、りんご、

餅一個を食べた上にアイスクリームも

食べると言う。


アイスクリームを渡すと美味しそうに

そしてあっという間に食べた。


しばらくすると、また

アイスクリームを食べると言う。


さっき食べたやん。

糖尿病だし、先生から食事指導されてるでしょ。


と言うも、何度もしつこく

アイスクリームを連呼する。


もう無いよ。


と言うと 買ってこい と言う。


(実は冷凍庫にある)


怒り始めたので


(アイスクリームで、、、

子どもか!!)


渋々アイスクリームを渡す。


60才過ぎの検診で高血糖値により

緊急入院したことがあり、

そんなに沢山果物やアイスクリーム食べたら身体に良く無いのでは?


と 本人に伝えても

聞こえないふり。



認知症の影響かもしれない

満腹中枢の崩壊??


これからはお握りを沢山作って渡すことにする。


母によると、真夜中に冷蔵庫をあさっていたらしい。



そして先日、三度目の救急搬送。


今までずっと家に引きこもっていた父が


(一緒に出かけようと誘うも、

行かない と言う。

父は食品の買い物だけはすき。

その場合も車で出かけるので近所を歩くことはない)


家族が不在の時に、なぜか近所を歩いて

側溝に落ち、血だらけの父を

近所の人が見つけて救急車を

呼んでくれたらしい。


、、、

失禁も、身体が動かないのも

近所を歩くのも今までにはなかった。


認知症、パーキンソン病の実例、


しかし、

ワクチン接種の前には

全くなかった症状。


父は家長のプライドがあり頑固で

気に入らないと

『うるさい。出ていけ‼️』

と言う。

家計は父が管理していた。


これから、、、

様々な手配をしていくが


いちばんはやっぱり

本人の性格、気質よね~


気をつけよ😆



食事のことや、病気の事に

配慮しても

(できることはします。)


結局、本人は好きなようにして

なるようになるから

それでいい。


父の父は(わたしには祖父)


わたしが小学二年生の時に


自宅の風呂場で突然死した。


祖父もパーキンソン病で足が不自由だったけれど、元気だった。


ある日、

祖母と弟とわたしが

夕方家に帰ると

(両親は仕事で不在)


風呂場で祖父が倒れていた。


状況から、

祖父が風呂に湯を入れようとして

転倒し、そのまま亡くなったようだった。


病気と寿命は別で、

死ぬとき死ぬのよね。



普段、家の電話を全く取らない父が

約2ヶ月くらい前のある日、

ずっと電話を握りしめて

ダイヤルボタンを押し続けており、


『何してるの?』


ときくと、


『これ』


とワクチン接種通知を差し出した。


あんなに電話がきらいな父が!

(本当に電話に出ない)


どうしてもワクチン接種したいのね。


『ワクチン打ったら、身体動かなくなったり、もしかして、死ぬかもよ』


と軽く話すも


父は知らぬ顔。


いつも聞きたくない話しはスルーする。


だから、まあ、なるようになる。


前の『なんとなく』で


動いたのは大正解だった。


良いもわるいも無いけれど


同行者も前倒しで出発希望で


結果、トータルでみても


ゆったりした日程で行動できた。



『なんとなく』

『ふと』

『イヤだけど気になる』


それらをキャッチして

実際にどう動くのか、話すのか

それが生きる道になる。



最近周りでくよくよしてる人がいて


問われたらこたえるけれど


結局、本人の本心は決まっているので


あれこれ言うのは


やはり茶番かもしれない。


そんな茶番の時間を必要としているのかもしれない。



最近は相手が発言する内容ではなく


エネルギーをみてるので


相手の口先の言葉に振り回されない。


例えば、恋愛相談で


『別れる!、、、

別れた方がいいよね?!』


と言われても


エネルギーが

『まだまだあの人と一緒に居たい。

あの人がくれる体感がすき。

でもこの状況は気に入らない!

なんてかわいそうなわたし!』


と言っている。エネルギーね。

本人が口にしない本心。


被害者ゲーム。


何か思い通りにいかない事が


許容範囲を越えたときに


他人や世間など外側のせいにする。



それはかまわないけれど、、、


ずっと同じような出来事が


繰り返される。


内側を観ていくと


ちがう世界が現れてくる。


思い込みや思考の癖を外すコツは


あるけれど


わたしはそっちの方がすき。


外側のせいにするのは飽きた。


それでもまだまだ癖や思い込みはある。


そんなとき

ばったり出会った知人に

渡された本は

津留晃一さんのコンセプトノート。


『他人はいない』


😂😂😂😂😂


外側は内側のあらわれらしい。


ウケるね。