こんにちは、
伊藤です。
以前私の頭は、
芝居のことでいっぱいだった。
芝居が全てだった。
おばあちゃんになっても舞台に立っていたいと思っていた。
結婚や出産は、
私の人生にとって思いがけないことだった。
コロナ禍の、
ある出来事があって、
私は少しずつ気持ちが舞台から離れていった。
この人の成長のどれ一つも見逃したくないと思っていたし、
舞台よりこの人を育てていることの方が楽しくなっていた。
舞台のメイク道具も、
ダンスシューズも、
ウィッグもみんな捨てた。
ただ、
劇団を辞める勇気は持っていなかった。
娘は成長して、
夢を語るようになった。
それは、
うさぎだったり、
小学校の先生だったり、
看護師だったり、
バスケの選手だったり、
ユーチューバーだったり、
色々変わっていく。
それを聞いているのは楽しいし、
応援したいと思う。
小学校に入って、
バイトも増やしたし、
もっとちゃんと生活を考えた仕事を探そうと思っていた。
夢を語る娘に、
「何をやっても大変なことはあるから、
好きなことを仕事にした方がいい。」
と言ったら、
「お母さんの仕事は好きなことをやってるの?」
と聞かれてギョッとした。
ああ。
そうか。
そうしていない私の言うことには説得力がないのか。
これがまた難しいところで、
生活ってものがあるからね。
私が2万枚くらいチケットの売れる役者だったり、
大きな舞台やテレビに引っ張りだこのタコだったら話は別なのだけど、
そんなタコではないのでね。
だけど、
娘の言葉で、
また舞台に立つことを考え始めた。
明日の自分にワクワクしていたいと思った。
子供には口でいうより、
実践してやってみたほうがいい。
私がそうなればいいのよね。
私は、
もう一度、
好きなことをやろうと心に決めた。
なので、
宣材写真を撮り、
オーディションに応募してみようと思った。
私の年齢を受け入れてくれるオーディションはなかなかないけれど。
そんな中、
夫が出演したミュージカル座の舞台を観に行った時に、
娘が、
舞台の子役募集のチラシを見つけた。
なんと、
受けてみたいという。
いやいやいやいや、
子役ちゃんたちはすごいんだぜ。
たくさんのレッスンを受けて、
場数を踏んで、
すーぐ何でも次の日には完璧にしてくるのよ。
でも、
何も知らない娘は、
無防備で怖い物知らずで、
無敵だった。
娘の意思は固かった。
夫と相談して、
オーディションを受けさせてみることにした。
はたして、
受かったとして、
舞台を目指してこなかった何もできない娘に、
ミュージカルの舞台は務まるのか?
いっそ、
私もそこにいたらいろいろうまく回るのではないか?
一緒に舞台に立つことも可能なのではないか?
いやしかし、
その舞台の本番時期夫は、
ツアー中で家にはいない。
完全ワンオペで、
初舞台の小学生を抱えて舞台になど立てるのだろうか。
まあ、
全くわからないのでやってみようと思った。
受かったら考えよう。
私は、
娘のオーディショ用紙の備考欄に、
「劇団員の伊藤です。
もしも娘が舞台に出ることになったら、
私もお世話係で出させてください。」
そう書いた。