ブログ遊楽山荘ー街場と山里の暮らしのひとり言

ブログ遊楽山荘ー街場と山里の暮らしのひとり言

新潟市の街中にある自宅と長岡市の山里の古家での暮らしを、日記風に綴っています。「遊楽山荘」は、長岡市の蓬平温泉に隣接する小集落にある古家で、地域交流ボランティア「結まーる新潟」(環境保全、相互交流など)の宿泊所を兼ねた活動の拠り処です。

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 今では珍しくなった街中での錦鯉の飼育は、父が昭和30年代末頃から始めたのだが、その頃街中の庭に池を掘り、錦鯉を飼うブームのようなことが続いた。その後、モータリゼーションにより庭が駐車場にとって代わり、今はこの町内周辺で池で錦鯉を飼う人はいなくなった。しかし、郊外や地方の集落では、大きな池を掘り、錦鯉を飼っている人は少なくない。長岡の「遊楽山荘」周辺の太田、蓬平、山古志には趣味だけではなく、養鯉場を経営している所が多くあり、錦鯉に対する思いは県内に根強く残っている。父が亡くなってからは、私が引き継ぎ、見よう見まねで何とか続けているが、飼育の経費や管理と作業の肉体的負担が年々きつくなり、一人で出来そうもなくなったら、止めようかと思っている。孫たちや近所の人が時々覗きにくるので、それを張り合いにして続けているようなものだ。今年も、昨年12月初旬から4月初旬まで、錦鯉を越冬させるために、池に保温用の発泡スチールを水面に浮かべ、木組みで板で蓋をし、シートで覆っていた。この間給餌しないが、わずかの藻や水草でしのいでいるのかもしれない。越冬の期間は最低気温が10度以下から10度以上になる間で、今年も大きな錦鯉(50cm以上4尾)を含む総勢8尾すべてが生き残ってくれてほっとした。引き継いだ時は、錦鯉の一尾毎に孫の名前をつけていたが、この夏には12人目が誕生する予定なので、この小さな池では、到底増やすことはできないと思い、名前を付けることは止めてしまった。結局、下準備から後始末で2日がかりとなり、筋肉痛や腰痛の後遺症が少し生じてしまった。やはり、作業前後のストレッチは欠かせないことを思い知らされた。岩山の庭と錦鯉が泳ぐ池は我が家の家宝ともいうべきものだと思うが、身内などは冷ややかで関心が薄い。それは、つい10年前の私も同じだった。