◇◇◇数日前
何年も前から進めてきたプロジェクトの契約締結の日、島岡と二人、先方が来る前に最終チェックをしていた時、書類の間からするりと落ちてきた名刺。
「・・・島岡、これって、相手方の弁護士チームの一人じゃないか」
まさにこれから来る客人の弁護士の中の紅一点、10人男がいたら10人が振り返りそうな美人だ。
(オレは見向きもしないがな)
「おや、こんなところに名刺を忍ばせておくとは、なかなか油断ならない女性だ」
名刺を見せても顔色一つ変えやしない。
「先日一緒に飲んだんですよ。偶然バーで会いまして」
意味深な笑み。
偶然なわけないだろうが。
「おいおい、まさかスパイされてないだろうな?」
「私が、ですか?」
色仕掛けに負けて、情報を漏らすような男じゃないか。
それに今回の契約、随分とうちに有利な内容になっている。
島岡を落とせると踏んで近寄ったとしたら、自信家な女だな。
ミイラ取りがミイラになったか・・・。
「むこうはそのつもりだったようですけど、私のタイプではなかったので・・・」
「へぇ~、島岡の好みのタイプ、・・・興味があるな」
「そうですね・・・」
誰かを思い出すように、少し視線を上げて、
「大人しくて控えめな方がいいですね。でも芯は強い。一歩下がって男を立てる、大和撫子みたいな方がタイプです」
そう言って、にやりと笑ってみせる顔は、普段仕事中は見せることのない男の顔だった。
大人しくて控えめで、でも芯は強い・・・、大和撫子。
それって・・・、
託生に当てはまらないか?
◇◇◇
「嘘だぁ。島岡さんがこんな名刺をもらうなんて・・・」
「あいつだって男だぞ。女遊びの一つや二つするだろう?」
「じゃあ、なんでこれをギイが持ってたの?」
「それは・・・」
あの後、島岡の爆弾発言(?)と一時間も早く先方が到着したこともあり、バタバタと書類を片付けたから、名刺は自分の内ポケットに入れて、そのまま失念していたのだ。
「なんか、都合よく島岡さんのせいにしてない?」
「してない!これは本当に島岡が貰った名刺なんだ!」
「島岡さんがって・・・、そういうの想像できない」
「託生が島岡のあれこれを想像しなくていい!」
話を聞いていた絵利子までもが、怪しいという目でオレを見ている。
くそっ、契約の為、島岡がスパイされている振りをして、逆に情報を引き出していたなんて、絵利子はともかくとして託生には言えない。
そういうのは駄目なやつだからな。
それになにより、島岡のタイプ云々の話はもっと言いたくない。
「パパ、アヤシイの?」
「うん、とってもアヤシイ」
「こら、望未にまで変なことを教えるな」
結局その後、島岡に電話し、直接託生と話をして・・・、
やっと信用してもらえた。