「ただいま」
いつもは玄関で出迎えてくれる託生がいつまでたっても出てこない。
明かりがついているリビングルームに入ると、託生はソファでうたた寝をしている。
ソファの側に置いてあるベビーベッドを覗くと、望未がパッチリ目を開けて起きていた。
「ママは疲れてるから、大人しく待ってたのか?お前は良い子だな」
抱き上げると、優しい顔で笑う。
託生は笑った顔がオレに似ていると言うけれど、オレから見たら、顔立ちも何もかもが託生そっくりだ。
「いっぱいおっぱいもらってるからか?望未、少し重たくなったんじゃないか?」
子供の成長は早いな。
あんなに小さかったのに。
望未が生まれた日、あの日は喜びと感動と少しの情けなさを味わった生涯忘れられない日だ。
オレの誕生日の前日、夜家に帰ると、託生の陣痛がもう始まっていた。
「なんで電話してこないんだよ!病院に行かなくていいのか!?」
慌てふためくオレを尻目に、託生は入院用の荷物の中身を確認したり、落ち着いたものだった。
「まだ陣痛の感覚も長いし、予定日まで日もあるから、陣痛が治まるかもしれないんだって」
「そ、そうなのか?」
「だから、今すぐどうこうってことはないから。ご飯食べる?」
「え?ああ・・・。いや、託生、寝てなくていいのか?」
「大丈夫だよ。陣痛がきてる時だけじっとしてたら治まるから」
「へぇ・・・」
「陣痛ってもっと痛いのかと思ってたんだけど、意外と平気かも」
「そうか、良かったな」
・・・なんて笑っていられたのも夜までで、朝起きた時には、託生はベッドにうずくまり動けなくなっていた。
「た、託生、病院に行こう」
「まだ間隔が10分切ってないから・・・」
「今何分間隔なんだ?」
「15分くらい、かな」
10分も15分も大した変わりはないんじゃないのか!?
そう思い、託生の制止を振り切り、病院に電話したものの、Dr.に繋いですらくれず、「間隔が10分を切ったら電話をしてください」と言われるだけ。
「ギイ、これは病気じゃないんだから、落ち着いて」
「しかし・・・」
どうして託生はこんなに落ち着いていられるんだ。
託生の腰や背中をさすりながら、時計とにらめっこをすること一時間。
陣痛の感覚が10分になったところで、再度病院に連絡を入れた。
子宮口の開き具合によっては自宅に帰ってもらうかもしれない、という信じられない説明を受けたが、Dr.に診てもらえるということなので、託生を車に乗せて病院へ。
「破水してますね。このまま入院してください」
「え?」
「破水してるんですか?」
「気づきませんでした?」
「はい、全く・・・」
「託生・・・」
「でも、出産まではまだまだ時間がかかりますよ」
「ええ!そうなんですか?」
「今日中に産まれたら良い方です」
今日中って、今はまだ昼前だぞ!半日以上かかるのか!?
Dr.の言葉通り、実際出産したのは日付が変わる少し前。
オレはただ託生の手を握り、おろおろ・・・。
声を掛けようものなら、「ギイ、黙ってて、集中できない!」と言われ、「飲み物は?」と水を差しだしても「いらない!」と言われる。
何度目かのいきみの後、やっと出てきた赤ん坊は女の子だった。
子供が産まれた瞬間は、感動よりも、託生が痛みから解放されたという安堵感の方が大きかった。
「へその緒はお父さんが切りますか?」
そう言われて差し出されたハサミ。
「ギイ、お願い」
穏やかな表情で託生がうなずいて、オレは震える手でハサミを受け取った。
託生と子供を繋ぐ緒を切って、子供に目を向けると、赤い顔で元気な産声を上げる姿。
抱いてあげてくださいと、受けとった小さな身体は、軽いはずなのにずしりと重たく感じた。
「女の子だったね」
「ああ、元気な女の子だ。ありがとう、託生」
「ギイも、お疲れさま」
バカだな。オレはなんにもしてないだろう。
しかし、じわじわと沸いてくる父親の実感。
この小さな命も、託生も一生守っていくと、そう固く誓った。
「あの時、パパはちょっと情けなかったよな」
いつもはほんわかのんびりしている託生が、頼もしく見えた。
「母親ってすごいな」
「ぶ~」
「でも、手順も分かったし、次はパパも落ち着いて対応できると思うぞ」
「ぶ~」
「・・・あれ?ギイ帰ってたの?望未も起きてた?」
「ああ、今帰ってきたところ」
「何話してたの?」
「早く弟か妹が欲しいって話」
「ええ?望未が産まれたばっかりなのに、もう次の子?・・・無理だよ」
「そうか?」
託生なら、大丈夫だと思うけどなぁ。
家族は多い方がいいし、名誉挽回の為にも、オレは早く次の子が欲しいぞ。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
妊娠とチビちゃんの子育ての同時進行・・・。
想像するだけで、発狂しそう。