暑い……(;´Д`)
お話の中では真冬なのに!なんか理不尽!←
30話くらいにおさめたいと思っているこの話ですが、
おさまるかどうか不安になってきました(-"-;A
前科があるからね。30話くらいと思ってたら60話…80話…
あれ?なんで100話超えてるの(((( ;°Д°))))みたいな←空薫のことね
さすがにそこまでは長くならないと思いますが、そろそろ折り返し地点かなーとは思います。
ではでは18話、どうぞ♪
*****
見つめる二つの瞳に、冷気を感じた。
『どうして?』
私が発したひと言だけの問いに、秋斉さんは苦く唇を歪ませる。
『………迷惑やからや』
叩きつけるように閉められた玄関のドア。
乱暴な音に体が強張って、握りしめた手の平には汗が滲む。
『診療時間が終われば、そこから先は先生のプライベートやろ。邪魔したらあかん』
『………』
『今日かて、何か予定があったんかもしれへんし』
『……それは…そう…だけど…』
“これ以上は何も言ってくれるな”
小さく漏れた溜息はきっと、無言の警告だ。
『とにかく、診察以外でむやみにクリニックへ行かんようにしなはれ』
顔を背けた向こう側で、秋斉さんの発した言葉が棘のように突き刺さる。
きらわれたくない。
気に障るようなことをして、彼に見限られるのは嫌だ。
これ以上関係をこじらせて、いつも通りの秋斉さんを失ってしまったら……
不安で胸が押しつぶされそうになって、
私はそれ以上口を開くことをやめた。
***
後期試験を間近に控えた構内は、いつもよりざわついていた。
卒論の追い込みもあるせいか、ピリピリとした空気が漂う。
すっかりぬるくなった学食のお茶を一口飲み込むと、喉に嫌な刺激を感じた。
朝起きた時の頭痛は確実に酷くなっていたのに、
午前中はどうしてもキャンセルできない教授の用事があったから、
せめてお昼まではと大学に来てみたけれど。
(………なんか……だるいな…顔がぼーっと熱いし…)
顔の半分を覆うマスクの内側には、湯気のような吐息が満ちている。
完全に風邪の引きはじめ。
原因なんて考えるまでもない。
冷たい雨に打たれたりしたから、こんなことになったんだ。
熱が侵蝕していく頭にぼんやりと浮かぶのは、秋斉さんのしかめ面。
考えても考えても、不機嫌な理由はやっぱりわからないままだった。
「……華だったらきっと、すぐに見抜いちゃうんだろうなあ…」
「私が何を見抜くって?」
声に振り向くと、彼女は私の真後ろに立っていた。
いつものようなふわりと柔らかい女の子らしい服じゃなくて、
きちんとしたグレーのスーツを身にまとっている姿は、
なんとなく見慣れなくて、違和感をおぼえてしまう。
「ああ、これから学会なんだっけ…」
マスクの中からようやく絞り出した私の声を聞いて、華の目が大きく見開かれた。
「ユイ、どうしたのその声」
水分の足りない、カラカラに渇いた掠れ声。
普段だって決して高いほうではないのに、輪をかけて男の人みたいに低い音が、息と共にもれてくる。
「ちょっと!酷い熱じゃない!」
額にあてられた手が冷たくて気持ちいい。
ぼうぼうと燃えるような皮膚の熱に、華は眉を寄せた。
「ユイの後輩くんがね、午前中あんたの様子がおかしかったって言ってたんだけど、
こういうことだったの…」
「……瀬川くんが…?」
「そう。顔色悪いまま教授の手伝いしてたって。いつから具合悪かったの?」
「………朝から」
あきれた。
言って口を開けたまま天を仰いだ華は、空になった湯呑を片付けると、
椅子に置いてあった私のバッグを押し付けてきた。
「今すぐ帰りなさい。歩くのつらかったらタクシー呼んであげるから」
それとも、藍屋さんに連絡する?
聞かれてすぐに、慌てて首を横に振る。
「図書館に自転車置いたままだから…取りにいかなきゃ…」
「自転車なんて、今日じゃなくてもいいじゃない」
「だいじょうぶ。それに支えがあったほうが歩きやすいから」
華は図書館の駐輪場まで一緒についてきてくれて。
新幹線の時間だからと、後ろ髪を引かれるようにしながら戻っていった。
自転車を押して、自宅までの道をのろのろと進む。
このあいだの雨から一転して、今日は穏やかな冬日和だった。
陽射しのおかげで寒さが少し和らいでいるはずなのに、
ぞわぞわと寒気がおさまらないのはやはり熱のせいなんだろう。
ゆっくりと歩いて行くうちに、趣のある古民家が目に飛び込んでくる。
患者さんが来ているんだろうか。
クリニックの駐車場には車が止まっていたけれど、あの日乗せてもらった先生のものではなかった。
心細いのはきっと風邪のせいだ。
無性に、古高先生の笑顔が見たいと思った。
でも、秋斉さんの言葉がサイレンのように頭の中で鳴り響いていて、
ふっと思い浮かべた先生のほろ甘い香りも、すぐに離れて消えていく。
『診察以外でクリニックにいったらあかん』
暗闇を恐れて震えていた私を、先生はやさしく抱きしめて安心させてくれたけれど。
やっぱり秋斉さんの言うとおり、診療時間外に訪れたこと自体迷惑だったのかな。
境界線の向こうになんて踏み込むべきじゃない。
他人と上手に関わることの難しい私は、最低限の人間関係を築いていければ十分だって。
秋斉さんはそう教えたかったのだろうか。
一瞬だけ足を止めたあと、自転車を再び前進させる。
余計なことを考えるのはやめよう。
今はとにかく体を休めることに集中しなきゃ。
早く治さないと、秋斉さんに心配をかけてしまうから。
*
玄関の鍵を開けて、足取り重く廊下を通り抜けた。
誰もいない静まり返った空間に、発熱で荒くなった私の呼吸音だけが存在している。
朝から暖房のついていなかった部屋は、空気がひやりと冷たい。
エアコンから流れてくる暖気を頼りながら、
コートにストールを巻いた姿のまま、リビングの床にバッグを放り投げた。
すぐにでもソファに倒れ込んでしまいたいけれど、せめて薬だけは飲んでおきたくて。
リビングチェストの一番下の引き出しを開けて、動きの鈍った手で風邪薬を探していると、
偶然目にとまった鮮やかな色に視線を奪われた。
「…………」
丁寧に飾り付けられた、赤いサテンのリボン。
引き出しの奥へ隠すように仕舞いこんであったそれは、
手のひらに乗るくらいの細長い箱だった。
中に何が入っているのかなんて、化粧品に疎い私にだってわかる。
“本当に好きな人にしてあげて”
“秋斉さんがこの先ずっと一緒にいたいと思えるような女の人に”
私の言葉に、彼は声を飲み込んだ。
そしてすぐに、なにを言うてるんやって、少しさみしそうに笑って……
秋斉さんに悲しい顔をさせてまで、頑張って伝えたはずなのに。
いざ、彼が想い人へ贈り物をするという事実を突きつけられた私は、こんなにも動揺している。
心の中で真っ黒な感情がぐるぐると渦巻いて、
衝動を抑えられずに暴発するんじゃないかと思うほど。
離れなければと思っていながら、もう少しだけ一緒にいられたらと甘えていたのは私のほうだ。
秋斉さんとこの家で一緒に過ごせる時間は、きっともうわずかしか残されていない。
彼が大事にしまっているこのプレゼントが示すものは、きっと。
別離の決意だ。
熱で力の入らない体をようやく持ち上げてソファに沈めた。
胸の中の靄を消す事ができないまま、ストールで体をくるんで横になる。
効き始めた薬の眠気と、熱で朦朧とする意識のおかげで、
私は一端すべての思考を放り出した。