トドメのひと口
あの日、私は己の死というものを、まだ遠い未来の出来事だと信じていた。死とは、もっと重々しい理由によって訪れるものだと思っていたのである。病に伏すか、事故に遭うか、あるいは何らかの災厄に見舞われるか。死とは、そのような理由を伴って訪れるものだと、私は漠然と考えていたのである。
ところが、その日私の命を奪おうとしたのは、掌に収まるほどの一つのおにぎりであった。大通りを歩きながら何気なく口へ運んだ、その一口である。喉の奥へ落ちた瞬間、それは行くべき道を違えた。息を吸おうとしても空気は一向に肺へ届かない。咳は出ず、声も失われた。ただ胸の内側だけが、激しく空気を求めていた。助けを求めようと口を開く。しかし、何一つ声にならない。
「助けて!」
そう叫んだつもりであっても、喉から漏れるのは空気になり損ねた微かな音だけである。
気道を塞がれた人間は、悲鳴を上げることすら許されない。
目の前には人がいる。あと一言届けば、誰かが気づいてくれるかもしれない。それでも私は、ただ口を開閉することしかできなかった。
私は指を喉へ差し入れた。喉を傷つけようが構わなかった。ただ、もう一度だけ息が吸いたかった。しかし、それでも空気は戻らない。次第に足元から力が抜け、私は膝をつき、そのまま大通りの地面へ倒れ込んだ。世界は少しずつ色を失い始めた。人の顔は霞み、音は遠ざかってゆく。気づけば周囲には人垣ができていた。誰かが駆け寄ってくる。誰かが私を呼んでいる。けれど、その声はもう届かなかった。
そのとき私は、本当に死ぬのだと思った。死は、決して遠いものではなかった。静かに、音もなく、私のすぐ隣まで来ていた。苦しさが極まると、不思議なことに恐怖は薄れていく。意識はゆっくり遠ざかり、身体から力が抜けていく。このまま諦めたら、私は死ぬ。そのことだけは、不思議なくらいはっきりと理解していた。だから私は、最後の力を振り絞って、もう一度だけ喉へ指を差し入れた。詰まったおにぎりを掻き出す。
その瞬間だった。閉ざされていた気道へ、一気に空気が流れ込む。私は激しく咳き込み、焼けるように痛む肺で何度も何度も息を吸った。あれほど苦しかった咳が、あれほど嬉しかったことはない。もし、あのとき諦めていたなら。もし、あと一度だけ指を動かすことをやめていたなら。私はきっと、あの大通りで人生を終えていただろう。
その日以来、私は空気を吸うたびに思う。呼吸は、当たり前ではない。生きていることも、当たり前ではない。私たちは明日も生きているものだと、どこかで信じている。けれど命というものは、驚くほど静かに終わりへ近づく。病でも、事故でもない。たった一口のおにぎりでさえ、人は死ぬことがある。だから私は、今日も息を吸う。あの日、死の淵で渇望した、その一息を。何気ない一日を過ごせること。笑えること。誰かと話せること。それらは決して当たり前ではなく、生きている者だけに与えられた、かけがえのない奇跡なのである。
追記。
人生で一番死を覚悟した出来事が、おにぎりだった。できればもう少し格好いい理由で死にかけたかった気もするが、現実とは案外こんなものである。
もう歩きながらおにぎりは食べません。