
音源評論家の萩原健太が、スティングというアーティストを「音楽にまじめに取り組んでいる人」と評したという記憶がある(定かではない)。これは単純に誉め言葉と捉えることができるが、裏にネガティブな意味も含まれていると思う。この人の音楽を聴くと、非常に複雑なリズムのとりかたや、展開がある。それはややもするとどんな拍子になったのか、どこでそうなったのかがわからなくなり、聴き手としてはややカオスに陥る。この手法は主にジャズで用いられる手法だと思うが、ジャズは即興演奏のため、おそらく同じことは繰り返しできない。弾いた本人のひらめきだからである。時に弾いた本人ですらもう2度と同じ演奏はできない。それがジャズである。ところがスティングの場合、手法こそジャズながらおそらくそこには楽譜が存在する。ここで、このタイミングで、という計算があらかじめされているのである。だから他のミュージシャンもそれに従って演奏する。したがって同じ演奏ができる。だからスティングの場合には綿密な計算のもとに曲が作られている。本来、音楽というのはその名のとおり楽しんで作るものである。そこに歌い手の魂、弾き手の遊びなどが加わる。原点は遊びなのである。しかしスティングは遊びを入れているようで、綿密な計算のもとの遊びなのである。いわゆる完璧主義者、音楽に対してまじめであるが、悪く言うと頭がかたい。これはあくまで私論で萩原健太の本意はわからないが、この人の音楽を聴いていると、それはいつも感じる。1987年。