朝から腹痛腰痛は治っていて、
出血も少量だったのに内診したら経験をしたことのない激痛で手術までベッドで安静にしていました。
点滴を打ち、いざ歩いて処置室へ。
静脈麻酔を入れて数えました。
1…2…3…10…
なかなか眠らない私に周りがザワザワしていました。そのうちに眠りました。
寝ているはずなのに、激痛。
夢うつつ、「うぅ…」とうなったり「痛い…」と泣きながら訴えていたのを覚えています。
意識が薄っすらあるようなないような状態で急に酸素マスクを付けられました。
終わった頃に座薬を入れられ、紙パンツをはかされたのも記憶にあります。
部屋に戻るとまた意識がなくなりそうな中、旦那さんが泣きそうな顔で私の横に立っていて、何度も
「お疲れ様、がんばったね」
と言ってました。
30分ほど意識が戻ったり寝たりを繰り返し、ようやく起きてきた頃、
看護婦さんに「手術中覚えてる?痛かったよね、もう大丈夫だからね」と言われました。
やっぱり痛がっていたようです。
血圧も低く、酸素マスクと両手に色々付けられた嫁を見て旦那も焦っていたと聞きました。
がんばってきて、やっと授かって、残念な結果になって、さらに痛みと悲しみ、
まさか人生で自分が経験するとは思えないことばかりでした。
疲れ果て、
私なにやってるんだろう
と思ったのが本音です。
周りはみんなアッサリ妊娠して、
不妊治療してる人なんていなくて、
同時期に結婚したみんながみんな子どもがいる。
私のなにがいけないのか
どうして私なのか
授かるのにお金がかからないってどういう感じか
働いても働いても治療費に消えて、
助成金も対象から外れて、全額自費。
何十万を毎回報われないことに費やし、捨てているような状態。
悔しい。
悲しい。
そんな想いばかりでした。
半日後、退院しました。
痛みが消え、
流産宣告後、母や主人は出来るだけ1人にならないようにずっと付いていてくれました。
退院から翌日…
主人は仕事へ行き、母が主人が帰宅するであろう3時間前まで一緒にいてくれました。
母が「じゃあ何かあったらすぐ連絡しなさいね」
と言い、出ていった10分後くらいに、
突然
私今ひとりぼっちだ
と感じ、怖くなり、その場に倒れ込みました。
冷や汗と世の中が回転して意識が飛びそうになり、まだ車の運転中であろう母に電話をしました。
やばい、意識飛びそうなの
救急車呼んでもいいかな?
すぐ行くから!と母が電話を切ったあと、
きっと落ち着くと思っていたのに回転は続き、自宅で1人意識を失うのではないかという恐怖で手も震え、急いでなんとか救急車を呼びました。
「急がなくて大丈夫なので、鳴らさないで下さい、大丈夫なので、すみません、、」
と伝えました。
結局めちゃ鳴らして来ました![]()
きっと救急隊の方には大したことじゃないのに申し訳ない、、と思いながら、車椅子などは
大丈夫なので
と断ると、
「大丈夫っていう方こそ大丈夫じゃないからね!」と優しいことばをかけてくれました![]()
手術をした病院へ到着し、診てもらうも異常ナシ。対処の仕様がない…と言われ、またなったらどうしようという不安から時より回転する目眩に襲われ、ベッドでしばらく休ませてもらうことにしました。
しばらくして仕事から早退して来てくれた主人が汗だくで駆けつけてくれました。
母が連絡してくれたようです。
それまで母にはケロっとしていようと演技をしていましたが、主人の顔を見て溢れた気持ちが爆発し、わんわん泣きました。
ホッとしたのです。
こんなにも私を愛してくれている人がそばにいる。それだけで幸せなことなのに、
私はなぜずっと自分は不幸せだと思っていたんだろう。
と思いました。