「やったー‼︎」
合格発表の掲示板を見上げると、ないと思っていた自分の名前を見つけた。隣では付き添いでついてきた友人が我が事のように泣く。
私はただ一瞬ぽかん、とし、じわじわと溢れる喜びを冷静を装って噛みしめる。
周りも同様な人でごった返していた。
「なんて奇跡!ありがとう神様。」
柄にもなく呟いてみる。
歌がずっと好きだった。それしか取り柄がなかった。
小さな沖縄の島で生まれた私は、高校から本島に進学、合唱部で歌っていたのを声楽をやらないかとスカウトされ、「東京に行けたらサイコー」
などという軽い動機で受験に臨んだのだ。受かるつもりなど毛頭なかった。
それでも試験前には東京までレッスンに飛行機で通った。
「私ってもしかして天才?」
合格に浮かれた脳みそは、大きすぎる希望を糧にありえない夢を見せる。
ナニハトモアレオメデトウ。
「もー、なんで母さんはいっつも遅刻するようにしか支度できないんかねー。もう遅刻決定サー。」
私は上京、慣れない一人暮らしの不安を母にぶつける。子供じみた甘えなのはわかってる。でも今だけは。
「じゃあタクシーにのればいいがネ」
母は沖縄の人間らしくマイペースに言う。
会場に着くと入学式は始まっていて学長の祝辞はクライマックスに差し掛かっていた。
式の最後には教員の演奏。
「テノールか、、、知らないなあ。」
切らした息がようやく整い始めた頃に、舞台上には伴奏ピアニストを従え、ブランドもののスーツに身を包んだ若々しく無駄のない身体をしたまだ20台後半と思しき青年が蠱惑的な笑顔で現れた。
お辞儀するとすぐに演奏が始まった。
ホールの空気をいっぱいに震わせる、ビロードや絹のような上質の甘美な声。
曲はプッチーニの「誰も寝てはならぬ」だった。
オペラ「トゥーランドット」の中で歌われる求愛歌。
私はただ雷に打たれたように、それまでの朝からのドタバタ劇を忘れ、歌の世界に入り込んだ。
「この人の歌はなんて強く激しく、切なく胸を打つんだろう。」
魂が震えた。
私はこの瞬間、恋に落ちた。
母に腕を小突かれて我に帰ると、すっかり辺りには誰もいなくなっていた。
もう一度入学式の式次第のプリントを見る。
「本学助教授 結城 雅隆」
それが彼の名前だった。
