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日本基督教団さん(キリスト教団)さんHP
日毎の糧
お読みくださいね・・・・・・・・・・・・・・・・。
講談師神田ナザレさん~先週お会いしました。
■人物紹介
本名:北川正弥
1956年生まれ。東京・駒沢教会副牧師。
2005年9月、講談師・神田陽子の社会人弟子となり、 「神田ナザレ」の芸名をもらう。
以後、牧師としての働きの中に講談を取り入れてユニークな活動をしている。
《神田陽子》
79年に2代目神田山陽に入門、88年に真打に昇進。
古典講談のほかに新作にも挑戦している。
牧師でありながら~講談師~日本的ですね。
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フランシスコ ザビエルを知ってますか?
聖フランシスコ・ザビエルの主な生い立ち
1506年4月7日 | スペインのナバラ王国のザビエル城で生まれる |
1534年(28歳) | イグナチオ・ロヨラとともにモンマルトルの聖堂で 清貧、貞潔、聖地巡礼の誓願を立てる |
1537年6月24日(31歳) | ベネチアで司祭叙階 |
1541年4月7日(35歳) | インドに向かう |
1542年5月6日(36歳) | インドのゴアに到着 |
1548年9月20日(42歳) | ゴアの聖パウロ学院でヤジロウほか2名の日本人が洗礼 |
1549年4月14日(43歳) | 日本に向け、ゴアを出発 |
1549年8月15日 | 鹿児島に上陸 |
1550年7月(44歳) | 平戸へ |
1550年11月 | 山口へ |
1551年1月(45歳) | 京都へ |
1551年3月 | 平戸へ |
1551年9月 | 府内へ |
1551年11月 | 日本を去り、ゴアへ出発 |
1552年2月(46歳) | ゴアに到着 |
1552年4月 | ゴアを去り、中国へ |
1552年8月 | 中国・上川島に到着 |
1552年12月3日 | 上川島で帰天 |
1554年3月16日 | 遺体がゴアに着き、埋葬 |
1619年10月25日 | 教皇パウロ5世により列福 |
1622年3月12日 | 教皇グレゴリオ15世により列聖 |
「私はユダヤ人にはユダヤ人のように
異邦人には異邦人のようになった」
パウロがコリント書で述べている言葉です
ザビエルは宣教師として
インドのゴアに派遣される
彼は路傍に立つと鈴を振り振りインドの伝統的なメロディに乗せ現地語でキリスト教の教えを歌ったという。このような方法で伝道した宣教師はこれまでひとりも居なかった。
1549年念願の日本にキリスト教(ザビエル)伝来日本人のように振る舞い日本人との対話を重んじた。仏典を研究し日本人になじみのある仏教用語を用いて聖書の言葉を説明した。
ザビエルは日本の文化を保ちながらキリスト教徒になれる道を示したのである。
いのちのことば9月号
遠藤周作さん(作家)も深い河を著し、インドに造詣が深い~浄土真宗を保ちながらクリスチャンであり続けた。(異論はあるのですけど)
ザビエルの生き方はインドで洗礼を受けたクリスチャンである青野信にとっては感銘深い。
私はインドでマザーテレサ女史に20年前に触れ~命を存える事が出来た。
マザーも白いサリー服(インドの民族衣装)をまとい愛の宣教者教会を設立しヒンズーやイスラムやキリスト教区別なく救いの手を差し伸べた
白は清純を表すのと一番生地が安く手に入るからだそうであります。
インドでは全くの異教徒~異邦人ですがカルカッタ(コルカタ)という土地に溶け込んで伝道を行った方なのですね。
それは本当の奇跡であった。
僕が生きているのはカルカッタに当時居ましたマザーテレサ女史のお蔭であり~この人にはどんな哲学も宗教も~実践で示されたその姿に負けた・・・・と当時思ったものである。
カルト宗教が大嫌いなのは自分自身の戒めであって~人は皆「自分さえよければ良い」とか「自分の会社や教団や集団が守られれば悪い事もする・・・・会社組織などはその類でありますけど・・・肥大化した新宗教は弱者の味方でも何でもなくただ自分達さえ良ければ良いというカルト思想に行き着くのです。そうではなくやはり弱者~今言われている格差社会~失業者や寂しい身寄りなきモノ~捨て猫捨て犬~ホームレスなどの問題に眼を向け~声をかけ~手を差し伸べるのが本当の隣人愛ではないか?と感じるのですね。
日本人~アジア人としての基軸を!
僕も日本人として仏教や神道に深い感銘も受け~また東洋大学で哲学を学んだのもアジア人として東洋人としてのまず深い理解を示すものであり~日本人(というとナショナリズムで狭いですけど)~アジア=東洋の文化を大事にしながら世界宗教であるキリスト教を受け入れることによって西洋人への深い理解が深まると思うのですね。
ですから文化の一番の軸は宗教哲学であり~言語も含めてその国々のものの考え方が違うのですね。遠藤周作さんが言ったのは日本人は日本人としてしかキリスト教を受け入れることが出来ない旨を言ったのでありますので深い河のような文学作品が遠藤さんだからこそ書けるわけですね。