父方の祖父が青森出身です。
父は東京生まれなので
青森系2世の東京人です。
修学旅行でちょっと通っただけで、
青森をちゃんと訪ねたことはありません。


それでも親戚は東京用事があれば
来てくれたし、
青森から東北各地い散らばった
親戚のみなさんへの
年賀状のあて名書きをするのは
学生時代の
私の重要なアルバイトでした。

仕事や遊びで福島、宮城は何度も
行ったし、親類がいるお陰で
海の幸、山の幸のおいしいものを
頂いて育ちました。



3年前の3月11日
私は福岡に住んでいました。
子どもがインフルエンザで保育園を
休んでいたので家におりました。

東京の妹から
両親に電話がつながらないから
福岡から電話してみて!
という連絡を受け、
慌ててTVをつけたら
大船渡の様子が画面にありました。
いっつもおいしいものを
送ってくれていたあの市場がない。


それから、テレビとネットを
ずっと見ていました。
でも知りたいことは何一つ分からない。

仙台、気仙沼、福島…
知っている人がたくさんいるのに!



3月11日は九州新幹線が
福岡から鹿児島まで開通する日で
駅もテレビもウキウキしていました。
その時まで
鹿児島から福岡までの車窓に
ジャクソン5のI want you backをBGMに
笑顔で旗や手を振る人々の
とっても素敵なCMがずっと
流れていました。

自衛隊のママ友、パパ友が
基地に待機になり、
おばあちゃんに託されて残された子どもたち
の姿だけが私の身近にあった震災のリアル。

そして、東京とは時間差で
なくなっていくカップ麺、電池、お米。


被害を何一つ受けていなくて、
不便なことは何一つなくて
そして何もできなくて
申し訳ない気持ちで一杯。

数日後、子どもの卒園式に合わせて、
東京から父と育休中の妹が福岡来ました。
妹が「ホッとした」といいました。
母はまだ連絡がつかない親類が
いたので旅行はキャンセル。


夏に友だちが子どもたちを連れて
郡山から遊びに来てくれました。
外を半袖短パンで歩けてうれしいと
言ってくれました。


何の被害も受けていなくて
申し訳ない。



東京に戻ってきて初めての3月11日です。
職場で同僚が話す3年前のこと、
子どもが聞いてきた3年前の小学校の様子。

申し訳ない気持ちに変わりはありませんが、
その時私が感じたことを話して、
理解してくれる人がいることのありがたみを
感じた今日でした。


自分にできることは、
自分の仕事をしっかりして、
しっかりと消費して
経済を回していくことと、
忘れないことなのではないかと
思っています。


被害に遭った全ての人に、
ひとつでも多く、よいことがありますように。