ある日私は勉強の為に地下鉄に乗ろうと出掛けた。

研修に相応しい服装をする為に着替えを持つのさえ面倒な私は、重ね着をする事にした。

ふわふわな裾が3メートル(嘘)は広がるスカートの下に、これまたチュールが施されたパンツを装着した。
スポーティとは程遠い格好だけど、下はパンツと言う規定を満たしているから良しとした。
スカートの裾が翻る度に、下のパンツも主張する方針だ。

私は時間に余裕を持たせて家を出た。
こう見えても、身体系の勉強は大好きである。
これから始まる研修内容に想いを馳せていた。

バスを降り、地下鉄に乗り換える。駅構内に消える私のスカートの裾は、ビル風に揺られ、勢いよく翻る。派手なパンツの主張が激しい。
お姫様=ドレス大好きな私は、揺れるスカートが嬉しかった。
例え、今ここで、スカートが全部ビル風に持って行かれてしまったとしても、その下には派手なパンツが控えているから大丈夫。

って何が大丈夫なのかは、よく分からぬ。

私は、スカートをヒラヒラさせながら、エスカレーターに乗った。
東京あるあるで、エスカレーターは気が遠くなる程長い。その為に、右側を開ける。急いでいる人が、走って下る。

(転んだら面白いのに)と不謹慎な事を思う。

残念ながら、誰も転ばないままエスカレーターは地下に吸い込まれて行く。私もスカートも吸い込まれて行く。地下への到着は目の前。

と…

華麗に降り立つつもりの私の目の前で、私のスカートの裾が、あのエスカレーターの段の端っこに
音も立てずに吸い込まれるのをこの目で見た。

あ!と言う間も無く。

下に降り立つ事は降り立った。
スカートをヒョイとつまむと裾は姿を現わす筈だ。少々シワになるのは致し方ない。私は巻き込まれているスカートの裾を引っ張った。

最初は立ったままの姿勢で引っ張った。
ヒョイどころか、もしかしたら、このエスカレーターの動きに乗じてスカートはエレベーターの中を巡回する準備に入ったのか?くらいビクともしない。
私はここで初めて焦った。中腰で引っ張り、最後はしゃがみ込んで、力任せに引っ張り続けた。
もしかしたら、スカートはエスカレーターに持って行かれるかも知れない!

取り敢えず下にパンツ履いてて良かったなって…。

貧血でも起こして、座り込んでジタバタしてる様なこの人の周りに人が寄って来た。

「どうしましたか?大丈夫ですか?」

私は情け無い顔をしていたと思う。

「すみません。スカートの裾が入ってしまったんです。駅員さんを呼んで来て頂けますか?」

親切な女性が、駅員さんを呼びに行ってくれた。

次に、今まさにエスカレーターから降りて来た男性が、声を掛けてくれた。

「どうしましたか?大丈夫ですか?」
「すみません。スカートの裾がエスカレーターに挟まってしまって取れないんです。」

もう二度と裾が3メートルのスカート履かないから神様許してくれ!

私はスカートがエスカレーターの一部にならない様に必死で引っ張り続けていた。
研修の事などすっかり頭から去っていた。

件の男性が、突然意外な行動に出た。

「わかりました!」と言うや否や、エスカレーターの前に立ち両手を広げた。

「これから、エスカレーターを止めます!転ばない様に手摺りを持って下さい!」

男性は手慣れた様子で、緊急ボタンを押した。
素直にエスカレーターは動きを止めた。
エスカレーター上にいた人は、歩いて降りて来てくれた。誰も落ちなかった。

「ありがとうございます。ありがとうございます。」

とお礼を言うしか無い私は、餌を貰う奈良の鹿の様に頭を下げ続けた。

男性は華麗に去って行った…。こう言う時に恋が芽生えたらいいのに。名刺渡せば良かった。
私の名刺はライトを当て過ぎて、真っ白な顔になった盛り過ぎな顔写真も載ってる。

思い出して欲しい。エスカレーターにスカートを巻き込まれて項垂れていた美しい私を…。
その美しい私の為に、あなたは、エスカレーターを止めた。
なりふり構わず、ただ一人の美しい私の為に…。


スカートは無残な姿で登場した。
駅員さんがやって来た。


エスカレーターの中に入った私のスカートの切れ端が、エスカレーターの生態系に影響を及ぼすことは無いのか?
それだけが心配で駅員さんに聞いたけど、大丈夫だそうだ。

私はこのスカートを履いたまま研修に向かったのだった。