貴方と出会う前



結婚なんて


全く頭の中には無く


ただ自分の夢を


無我夢中で追い続けていた頃




『結婚するなら食事の好みは


   同じ人良いよ』




そう言った人がいた


それが誰だったのか


忘れてしまったけれど




その言葉だけは


心に残った




私達夫婦は


食の好みが似ていた




家での食事の時も


外食の時も


旅先でも




食べたい物


飲みたいお酒




美味しいと思うもの


不味いと思ったもの


不思議なぐらい


シンクロ率は高かった




『美味しいね!』

『うん!旨い!』



『これ…ちょっと…ダメかも』

『う〜ん…ちょっと違うな』




顔を見合せて


時には目で合図して




笑ったり


喜んだり


小声でダメだししたり


取り合いをしたり


押し付けあったり




でも好みの違いもあった




貴方はコーヒーが好き


私は紅茶が好き




食事に出かけて


食後の飲み物を尋ねられたら


貴方は必ずコーヒーを選び


私は紅茶を選ぶ




家では


私に合わせて


紅茶の時が多かった




貴方を喪ってから


毎朝コーヒーを入れる




コーヒーの香りが


貴方への想いと重なる




『はい!どうぞ!

    …美味しい?美味しいね!』


写真の貴方に語りかける




返って来る声は聞こえない




静けさの中


コーヒーの香りだけが


ゆっくりと広がっていく




今 強く思う


二人で一緒に


コーヒーを飲みたい




『美味しいね!』


そう言ったら




貴方は


何と言ってくれるのかな?




どんな表情を見せてくれるの?




貴方の声が聞きたい



貴方に逢いたい



『コーヒーいれようか?』