暴れる力と
書いて暴力
思い通りに行かないと
暴れる
物をテレビに投げつける
破壊するぞという脅し
暴れる心には
何かの要求がある。
自分を人質にして
死ぬぞと脅すならば
相手が寂しいことを知っているのかもしれない。
暴力は排除されるものとして
否定的に扱われている一面もある。
命の道理として暴力を見れば
必要だから備わっているとしか言えない気もする。
そんな自分たちの暴力を
ある人間が発揮していたとして
その人が自己管理の出来ない人
とかその人の責任なのだろうか。
じつは暴力に迎合し
暴力を神の様に信じている人がいて
その人たちの暴力によって
正しさを押し付けられている
そんな人が耐えかねて暴力を振るっているのだとしたら
自分たちが行使している
正しさの攻撃は
実は自分自身の内側から出ている
暴れる力かもしれない
と自分自身の心に慈しみの目で見ることも
いいのかもしれない。