自分のこともそうですが

 

生きもの、他人との関係で

 

相手を大切にするから

お互いにいい関係でいられる。

 

 

でもそれが単純なようで

難しい。

 

 

命として

単独で生きていると行くことは珍しく

 

どこかでだれかの命を頂いている。

 

例えば親との関係で

 

苦しみながら生きることもある。

だけどそのすべてが毒ということでもなく

 

与えられたものがある。

とてつもない憎しみに駆られることがあっても

 

きのこが木にくっついて栄養をもらおうとしたときに

木から毒をもらったようなもので

 

それは嫌だけど

その時はそうするしかなかった。

 

でもその毒っていうものが

消化しきれないまま苦しくて死んでしまうこともあると思うけど

 

毒に耐えて生き延びたのなら

それはそれで称賛されることであるかもしれない。

 

 

だけど、家庭の中のことって自分ではそれが普通だと思っているから

あまり賞賛すべきことなんて思わないでしょう。

 

 

だから、まだ死にたくても

次の日に望みをかける価値はあるのだと思います。

 

そこには

今の自信の住み慣れた世界観から外れたところに

希望があるという意味もあります。