↓歌酔曲の時のポストカードセット。モノクロですが、5枚入り700円だったと記憶。
サインはその日物販担当だった英美さんのサインです。
20年前の12月2日。
まだ私は高校2年生だった。
シングル発売日、学校が終わって急いで今は亡き津田沼の山野楽器まで行って、予約したシングルを取りに行ったことははっきりと覚えている。
家に帰ってご飯食べたら半ば興奮気味でそのCDをリピートした。
確か、数日前TBSラジオで初めて新曲がOAされたとき身震いを覚えた。
木根さんのソロ声を聴くのは初めてではないのに、TMとは明らかに違うスタイルで、時にソフトに語りかけるように、時に力強く、実に木根さんらしいなぁと思った。
アルバム発売の日のこともよく覚えている。
あれは確か金曜日で予備校に向かう途中、これも今は亡き船橋のWAVEでフラゲするために店頭に並ぶのを待ってレジに向かい、ダッシュで予備校に向かった。
そして寝る間も惜しみ、宿題をやりながら何度もリピートした。
生の歌声を聴けたのはそれから約1ヶ月後の1月2日。
五朗ちゃんに曲を提供した絡みでゲストに呼ばれた新宿シアターアプル。
(この時にここで僕もライブやりたいと発言したのがのちのT&L会場につながるのだが)
歌ったのは確か泣かないでのカップリングだった「きっと離れられない二人」
(すいません、もしかして間違っているかもしれないの訂正あったらコメント欄でお願いします)
早くソロライブ行きたいなと思いつつ、FC限定ライブも、単行本100万部達成ライブも夏期講習と重なり断念。
それでもどうしても行きたくて、チケット取って予備校サボっていった中野サンプラザ。
(後日親に思いきり怒られたのはいうまでもありませんが)
トイレからリハの音が聴こえてきただけで胸がドキドキしていた。
そして始まった本番。1曲目は「思い出はクレセント」。弾き語りしている木根さんのバックに映されていた大きな三日月が印象的だった。
余談だけど、あの日の「Come Back to Asia」のアレンジはすごいよかった。それだけにこのライブを音源化していないのが悔やまれる。もちろん他の曲もね…
あれから20年、自分はアラフォー女子になって、役所で中堅職員として働いている。
だけど相変わらず彼のことを追い続けている。
確かにいろいろ浮気してそっちの方が明らかにウエイトが重くなっていて浦島状態になっていたこともあるし、(ぶっちゃけ、2000年代前半はプロレスとライブのかけもち普通にやっていました→木根さんが昼夜公演やっていた頃の話です)いろいろ思うことがあって敢えて距離を置いた時期もある。だから途切れずに応援し続けていた私なんかよりずっと濃いファンがたくさんいるからあまり大きなことは言えない。
だけど期限切れぎりぎりになったこともあるけど、ファンクラブの更新は続けていたし、年に1回はライブにも足を運んでいた。
結局は木根さんから卒業できなかった。そういうことだ。
木根さんのどこに魅力を感じてここまでファンを続けられたのか?今でもその理由はよくわからない。
心にキュンと来て、時には泣きそうになるような歌声?
サングラスの奥に潜む円らなそれであって少し濡れているような瞳?
溢れだす才能から生まれる歌、詞、文章?
何か守りたくなるような決して大きくはない掌?
人を笑わせ、時にはほろっとさせちゃうような話術?
それとも表現力豊かなライブパフォーマンスと演技?
その全てなのかな?ともかく良くはわからない。
ただ、何で木根さんのファンになったかははっきりと言える。
最初はTMを教えてくれたの同級生が
(風のうわさで今でもFANKSやっていると聞いた)てっちゃんファンだったから最初はてっちゃんのファンだった。
だけど、このブログのタイトルにもなっている「えんぴつを削って」というラジオ番組を聴くようになって木根さんの魅力を知った。
木根さんの第一印象はお茶目で、面白いひとだなぁって感じだったけれど、このラジオを通じてそれだけじゃないんだとわかって、
それからはずっとファン。
そんな20年目の記念日をお互い無事に迎えられて、かつ生でお祝いできるなんて
本当に幸せ者だと思います。
では、行ってきます。



