私には兄がいる。
才色兼備、将来有望、容姿端麗等々、あげられる四字熟語にきりが無い。
男なのに美しいと称して、誰からも異論など出ないだろう容貌は、女性的なわけではなく、とにかく造形が美しいのだ。
どんなに忙しくても週二回のジム通いを欠かさない、鍛えられたしなやかで伸びやかな躯は、古代の彫刻のようにバランス良く美しい。
武道も師範級の腕前、勉学も優秀、加えて性格も温和で優しい。
完璧すぎて、妬みさえ寄せ付けない。
どこにも疵のない、一点の曇りもない芸術品のような人間。
それが、私の兄だ。
もはや、自分とは比べようとも思わないけれど。
あの兄の妹だと、分かった途端に他人がむけてくる視線に、傷つかないわけではない。
あからさまに向けられる、驚愕、困惑、狼狽、嘲笑、そして、侮蔑。
それら全部が、当たり前の反応だと分かっていても、尚、胸の奥、深く打ち込まれた杭の痛みがうずく。
たとえ、兄、久遠と、私、キョーコの間に血縁関係は一切無いと分かっていても。
「あんなさえない子を引き取って、どうする気なのかしら…」
いつだったか、大人達が沢山集まったパーティのような機会だったように思う。
通りかかった部屋で、嘲笑と侮蔑もあらわに吐き出された言葉。
「クーも、ジュリさんも、あんな女の子供を押しつけられて…」
声を潜める気も無いのか、良く響く非難の声。
「だいたい、どこの誰が父親かも分からないわけでしょう? それがどうして何の縁もないヒズリ家で引き取る必要があるのかしら」
「あの子供もよく平気な顔で、家族然としていられること。自分が異分子だって、分からないのかしら」
「そうよね、クーさんにもジュリさんにも、久遠にも、誰がどう見ても全然似てないじゃないの」
「まったく、クーの酔狂にもあきれるな」
「だいたい、あの女もずうずうしいにも程がある。何の縁もないのに、良くも他人に自分の子供を押しつけて、そのまま知らん顔していられるものだよ」
「全くだわ」
その後も口汚く「あの女」をののしり、「あの子供」をさげすむ言葉が続いた。
驚きは無かった。
どこかで知っていたような気がする事実を、改めて後付されたそれらの会話によって、裏付けされて、乾いた感情で納得しただけだ。
ああ、やっぱり自分は、あの綺麗な人たちとは違うのだ、と。
当時、私は小学校に入る前、六才ほどだったように思う。
いくら鈍い私でも、自分と、自分の「家族」との間に、厳然たる違いある事は、ひしひしと感じていた。
見惚れるほどの美貌、人を惹きつけずにおかない魅力、誰にでも優しく人なつこい性格、遠くで見るだけでもまばゆいのだ。
近くにいればいるほど、彼らの輝きは眩しすぎて、天上の存在か、妖精のような人ならぬ存在であることを思い知らされる。
六才ほどの幼児にさえも、それを感じ取れるほど、私の「家族」は皆人間離れした資質を持っている。
対して、自分が全く価値のない子供だというのは、自分でも良く理解していた。
私を産んだらしい女性は、私が生まれてすぐに「知り合い」達に私を預けて行った。
そのまま行方知れずなのか、どこにいるのか私には知らされず、未だに数えるほどしか会ったことがない。
この家族の元にくる前にいた家でも、私は「やっかいもの」で、精一杯役に立つように私なりに頑張ったけれど、やっぱり私は鈍くてトロいらしく、その家の子供にすら疎まれる始末だった。
その家の子供は私と同い年だったけれど、快活で誰にでも愛される子供で、私のような存在にもたまに優しくしてくれるような素直な子供らしい子供だった。
けれど、やっぱり生来の鈍さと貧弱さは、綺麗なその子の目には厭わしいものだったようで、私がその家を去る間際には怒り出していることが常だった。
なぜなのかは、分からないけれど、私という存在は、人をいらだたせるものらしい。
だから、私はできるだけ目立たぬように、周りの人に迷惑を掛けないように、少しでも役に立つように、自分なりに精一杯頑張っているつもりだ。
けれど、やっぱりそれはうまくいかないことが多かった。
現に、私を「家族」だと言ってくれた、この家の人達、パパ、ママ、久遠にも哀しい顔をさせてしまうことが多くて、どうすれば良いのか分からなくなる事が多いのだ。
自分の身の回りの事は自分でやって、そして御手伝いさんの邪魔にならないように手伝いをして、せめてここにいても良いと思われるようにしたいと思うのだけれど、それすらも難しい事のようだ。
せめて目立たぬようにと、できるだけ手を煩わせないようにと思ったが、パパもママも久遠も私をどこにでも連れて行って、そばにいてくれようとした。
貧弱な子供など役にも立たないし、みっともないだけだろうと思ったが、全力で同行を辞退しても、パパもママも久遠も、笑顔で私を引っ張り出す。
そして、私を抱きしめて、言うのだ。
「可愛い愛しい娘と一緒にいられる幸せが何に勝ると言うんだ。キョーコは私の自慢の娘なのだぞ」
「可愛いキョーコ、私の娘、あなたと一緒にいられることが嬉しいのよ。私の願いを叶えて」
「キョーコが笑ってくれるのが、一番嬉しいよ。オレの大事な女の子なんだから」
そう、誰にも逆らえない輝かしい笑顔で言われて、誰がその意に反することができようか。
一年も経つ頃には、さすがの私も彼らが酔狂ではなく、本気でそう言っていることが理解できた。
きっと自分が美しいと、下手物好きになるのだろう。
それが私が下した判断だった。
「私たちは家族だぞ」
パパが私を抱き上げて笑う。
「可愛い私の娘」
ママが私の頬にキスをする。
「オレのキョーコ」
久遠が私の手を握って、一緒に行こうと笑う。
私はそのどれに対しても、どう反応したら良いのか分からなかったけれど、三人ともが、
「キョーコが笑ってくれれば、良いんだよ」
というから。
私は内心引きつりながらも、精一杯笑ってみせる。
彼らが、私に向かって、力一杯手を伸ばして、美しい笑みを見せてくれるから。
私も、彼らを喜ばせたくて、一生懸命それに応えようとする。
そうやっている内に、彼らの手から伝わる何か温かいものが私を包んでくれるのが、分かって、それはとても優しいもので、それに気がついた時、私は彼らの前で初めて泣いてしまった。
みっともなく泣き出した私を、ママがぎゅっと抱きしめてくれて、パパが頭をなでてくれる、久遠が頬にキスをくれる。
情緒不安定な、やっかいな幼児だった私を三人ともが厭わずに、優しく受け止めてくれたのだ。
そんな事があった矢先に耳に入ってきた言葉に、私は動けなくなってしまった。
ああ、なんて滑稽な自分。
あんなに素晴らしい人たちと、自分を同次元において良いはずがなかったのに。
優しい人たちだから、こんな厄介者にも優しくしてくれるのに。
それに甘えるなんて、私には許されないことなのに。
なんて思い上がった子供なんだろう。
そう思って、その場を立ち去ろうとしたら、手をぎゅっと捕まれた。
うつむいていた顔を上げると、そこには初めて見る怖い顔をした久遠。
突然現れた久遠に驚いて、怒った久遠のまとう空気が怖くて、私はおそるおそるその顔を見上げた。
そうすると、私の視線に気がついた久遠が怖い顔を引っ込めて、まるで「安心して」というように、握りしめた私の手をぽんぽんともう片方の手でなでるようにして、優しく笑ってくれたので、私はほっと息を継ぐことができた。
だから、その場から連れ出してくれると思った久遠が、いきなり扉を開けて、部屋の中に入った時にはびっくりして再び久遠を見上げてしまった。
中の大人達(子供もいたけれど)は、扉を勢いよく殴り開けた久遠の乱暴な姿にびっくりしてこちらをぎょっと振り返った。
そんな彼らに久遠は素晴らしくも麗しい笑顔で口を開いたのだ。
「オレのキョーコは可愛いでしょう? 可愛くないはずないんですよ? ちゃんと可愛く見えないんなら、目が腐ってるか、頭が病気なんですね。気の毒な事だ。急いで病院に行った方が良いと思いますよ。そういうのは根性の悪さとか、性格の悪さからくる劣悪なものらしいからどんどん進行しますよ。ああ、もしかして、末期症状で無駄なことだと諦めているとか?そういう病気持ちは、我が家の敷居をまたいで欲しくないですね」
天使のような顔で、弾丸のように飛び出す言葉は、信じられないものだった。
そのあまりの内容にか、天使の顔で悪魔のようななにやら真っ黒な空気をまとった久遠にか、大人達の顔が一斉に青ざめ、言葉を失うのが久遠の背中越しに見えた。
「っていうか、あなたたち、即ここから出てって下さい。キョーコの目と耳が汚れたらどうしてくれるんだ」
その後に続いたのは、私が今まで聞いたこともないような罵詈雑言。
綺麗な顔で、その天使の唇から飛び出すにはあまりに不似合いな言葉達。
そんな言葉を久遠が口にすること自体が信じられなくて、私がびっくりしていたら、私の肩を優しく抱きしめてくれる柔らかい腕があった。
そして、久遠の頭の上には大きな掌。
「久遠、そこまでだ」
なだめるように、軽く叱るように、パパが久遠の頭をぽんぽんと叩いて、言った。
「さあ、キョーコ、こんなところにいちゃダメよ。まだ着替えが済んでないでしょ? 今日のために用意した服がまだ三着あるのよ。ママと一緒に着替えましょう」
久遠にとられたままの手を、やんわりとはずしてママが私を抱き寄せた。
「久遠、いくら本当のことでも、正直に言うだけじゃ理解できない場合があるんだぞ」
パパが意味不明の言葉を、久遠にまけないくらいに真っ黒い何かを背後にひきつれてキラキラと笑いながら言っていた。
「父さん、でもっ!」
「まあまあ、ここはパパに任せなさい」
「あなた、さっさと始末してね。じゃないとキョーコの次のドレスを見逃すわよ」
「っ! そうだった!」
私の頭の上で交わされる言葉は意味不明。
でも、分かることはある。
三人とも、これ以上ないくらい怒ってる。
その理由までは分からないけど。
「じゃあ、手っ取り早く済ませよう」
唖然としている大人達に、パパが向き直った。
そして、どこからともなく現れたシークレットサービスの人たちに指示を出す。
「招いてもいないのに、ここに押しかけてきてるからには、不審人物として通報されても文句は言えまい。ついでにとっととお引き取り願ってくれ。パーティを台無しにされちゃかなわない」
「父さん!」
「いや、久遠、それだけじゃお前も気が済まないという事は理解している。でもな、今日は何のパーティだ?」
「…キョーコの…お祝いのパーティ…。だからっ!」
「そうだ、だからこそ、邪魔されちゃ迷惑だろう。こういう時はさっさと不審物を始末するのが先だ。後始末は後からでもいくらでもできるんだからな」
パパはとっても怒ってる。
私なら、あんなパパと対峙したいとは思わない。
「キョーコ、さあ、厄介事はパパと久遠に任せておきましょう。もう、どこに行ってるのかと思って探したのよ?」
そんなパパの様子をまるっと無視して、ママが可愛らしくすねたように言った。
そのまま、優しくけれどいささか強引にママに連行された私は、背後がなにやら騒がしい状況になったのを感じ取りつつ、振り返ることもゆるされなかった。
結局、あの後、私はママに連れ去られて、そのままママと一緒に着替えて、お客様の前で皆に紹介された。
「私の娘のキョーコよ」
連れて行かれた部屋は、何故か綺麗に飾り立てられていて、にこにこと微笑む大人達が沢山いた。
レースとビーズが一杯ついたお姫様みたいなピンクのドレスを着せて貰って、ママの専属美容師さんに髪の毛も綺麗にセットして貰って、ちょっとだけお化粧もしてもらった。
秘密だけど、鏡に映った自分の姿は、自分じゃないみたいだった。
まるで魔法みたいに、本当のお姫様みたいに見えた。
女王様みたいに綺麗なママには当然劣るけど、お姫様になったような、夢の中にいるような気分だった。
ママと、後から合流したパパと、久遠と、沢山の人の優しい笑顔に囲まれて、なんだか本当にここは夢の国じゃないのかと思った。
こっそり久遠にそう言ったら、
「ここは夢の国じゃないけど、キョーコがそう言うならそれでも良いよ、夢の国のキョーコ姫。オレをキョーコの王子様にしてくれる?」
本当の王子様みたいに優雅に手を取られて、ニコニコと笑いながら久遠が私の手の甲にキスをする。
久遠ってば本当に王子様みたい。
私がお姫様なんて信じられないけど、今なら、ちょっとだけそんな風に思っても良いよね?
「もちろんです。王子様」
私も笑って応えた。
私の応えに久遠が、これ以上ないくらいに幸せそうににっこりと微笑んでくれる。
あんまりにも綺麗で優しい笑顔に、見てるこっちがとろけそう。
今日だけなら良いよね、この笑顔を独り占めしても。
今日だけだから。
見つめ合うと、ふっと笑いが漏れた。
くすくすと二人で笑いあっていると、いつからいたのか、パパとママがそっと私たちの肩を抱いてくれた。
「我が家のお姫様と王子様は、仲良しだな」
「当たり前だよ。キョーコはオレのお姫様なんだから」
「まあ、ステキ! でも、キョーコは私たちのお姫様でもあるのよ、私の王子様?」
「今はそれでも良いよ。でも大人になったら、キョーコはオレだけのお姫様になるんだよ?」
「おやおや、久遠は気が早いなあ。じゃあ、久遠はキョーコに相応しい男にならないとな!」
「当然だよ!」
温かい微笑みと、笑いが辺りを満たして、私は何故か恥ずかしくてたまらなくなる。
真っ赤になってしまった私の手を久遠が握りしめてくれて、私はますます真っ赤になった。
恥ずかしくて、でも嬉しくて、幸せで…
何もかもが夢のようだった。
いつまでも続いて欲しいと願うほどに…。