一年ぶりにラスベガスとロサンジェルスに行ってきた。

年に2回あるマジックショーというアパレルの展示会を見に行ったのだ。


以前アメリカもののインポート商品が売れていた時期もあった。当時は何人かバイヤーを連れていって、けっこうな金額のオーダーを自社のリスクで発注していたものだ。

そんなにギスギスやらないで、ゆるーい感覚でオーダーをしても損をしない、もうけが出るという環境はたかだか10年くらい前のことだ。

時代というのはぐいぐいと変わっていくものなのだろう。

最近ではそうとうの目利きができて、それなりの売り場を持っていなければ利益を出すとう結果にはたどり着けない。年々とビジネスのハードルが上がってきているのをひしひしと感じる。


ロスからラスベガスへは車で走った。同行のF社長と変わりばんこで運転していきましょう!ということだったのだが、結局ほとんどF社長が運転してくれた。ミニバンの後部座席で昼寝をしながら、ときどき「代わりましょうか?」と声をかけたのだが「大丈夫だよ」という返事をそのまま受け取ったのだが、それからしばらく「ずっと俺が運転したんだけど。。。」と言われ続けたので「。。。。」聞こえないことにした。


展示会については長くなりそうなので省くことにする。

今回の(仕事以外の)渡米の目標は①ギャンブルをしない!!②アメリカに負けるな!!だ。


①については40年の時間をかけて。。。。ようやく。。気付いた。。。ような。。。気がする。。。。

賭け事では決して儲からないことを。

ということでいままで何度もラスベガスに来ているが。。。初めて。。。初めて。。。。賭け事を一切しませんでした!!まじめに働くぞ!!


②朝はどしっとデカイチーズバーガーやステーキ!!+どちゃっとしたフライドポテト山盛り!!

普段東京での朝はほとんど食べないか、食べてもヨーグルトなどの軽いものばかりなのだが、アメリカでは「気合!!」を入れた。朝から「見てよろーーーお前らーーー!!」ということでミートをイートし続けた。


なんだかミートパテの無いハンバーガー??のような話だが時差ぼけということで今回だけは勘弁してくだされ(笑)

Iくん

お疲れ様です。

なんどはねられても、諦めずに淡々と買付提案を続けてください。


ドクター中松は、いじわるな記者から「失敗した発明はないですか?」と質問されると、いつも「失敗はないです。成功するまで決してあきらめませんから」と答えているといいます。

Iくんが「ものになるか?ものにならないか?」の答えは、自らの中にしかないのです。
誰に何を言われようとも「認められるまでやるのか?やらないのか?」


「JUST DO IT」(ナイキ)すれば「IMPOSSIBLE IS NOTHING」(アディダス)
とにかくやれ!不可能はないのだ!


前回のブログとちょっと似たような話になるのかもしれないが、気になった記事が週間文春に出ていた。

かつて最高峰の建築賞だった吉田五十八賞の特別賞の受賞者である建築家 中村好文さんについての記事(仕事のはなし)を引用させてもらう。


「眉間にシワを寄せても、いい仕事はできないよね」


建築家に必要な資質って、楽天的で、計画性のないことかな(笑)。予定していた仕事が延期や中止になることもよくあって、なかなかこちらの思惑どおりにいかないですからね。最近も、住宅の新築工事が始まったとたんに工務店が倒産して窮地に追い詰められたりしたけど、不測の事態に見舞われても、しょげたり、めげていてはやっていられない。繊細さとヅブと図太さが同居していないと務まらない職業なんです。個人の大切なお金を預かっていますから、一円たりとも無駄遣いはゆるされない重い責任があるけど、緊張しすぎたり萎縮してしまって、眉間にシワを寄せていては、いい仕事はできない。仕事は鼻歌まじりで、愉しみながらやらないと。。。。だから、楽天的な性格がいいわけ。


常々僕は思っているのだが、仕事の本質というのは職業によって簡単に変わったりはしない。

中村好文さんの考える建築家の資質というは、建築家のみに必要な資質ではまったくなく、すべての社会人に必要な資質なのではないだろうか。


この不景気の中で外食産業は総じてメタメタにやられている。そんな中で業績を急回復させているマクドナルドの原田社長は元々アップルの日本法人の社長だ。どちらもマックではあるが、事業の質的にはかなりの違いがあるはずだ。マクドナルドも苦戦した時期があったのだが、きっちりと成果を出した原田社長は仮にこれから他業界に転身したとしても成果を出すに違いない。


組織の人事を見ていて、よく「あの仕事や店ならやりたいけど他のことは嫌だ」というような話を聞くことがある。特に若かったり、経験の浅いスタッフからそのような話が出がちだ。

でもそれはとてももったいない話だと思っている。

いろいろな人と会い、いろいろな場所で働き、いろいろな考えかたを学び、いろんな職種のルールを経験してみよう!いろんな角度から経験を積むという行動は、仕事の本質を理解する=(つまりは)稼げる人間になるということに直結するはずなのだ。


途中から話がずれた感があるが、言いたいことを書いて「スッキリ」したのでそろそろ商談に出かけることにしようと思う。ではでは。。。。。。。

最近のテレビでキョンキョンが「今日を楽しめない人は明日もあさっても楽しめないと思うんですよね」というものがあるが、なかなか素敵で、心にのこるCMだと思う。


毎日を、何の問題もない享楽的なきゃはきゃはとした日にするのは無理なのだろうが、様々な問題や失敗でさえも明日の自分への(前向きな)トレーニング課題だととらえ、感謝をして楽しく生きることはできる。
でも実際は、毎日を楽しめない人が世の中には少なからず居て、楽しく生きようという人々の邪魔をしたりすることがある。「毎日を楽しむ」には、そういったネガティブなものものに「負けない強さ」あるいは「哲学」が必要なのだと思う。


サークルでも会社でも、人が集まるところにはそれぞれの文化というか大切にしなければならないものがある。「今日を楽しむ」というのは僕が大切にしていこうと思っている何かに通じている、シンプルだけど深い言葉だ。

「今日を楽しむ」=一日一日を大切に、いろいろなものや人々(あるいは神)に感謝しながら生きる、には仲間が大切だ。家族や友人や仕事仲間、みんなで「今日を楽しみたい」
そんな思いでやって来たし、これからもやって行きたい、生きたい。


そんな中でも会社というか仕事仲間というのはとても重要だ。一日の労働時間が8時間だとしても一日24時間の3分の1が仕事に当てられるのだ。というか3分の1は寝ていたりするのだから、起きている時間の半分はなんらかの形で仕事に関わっていることになる。

だから仕事仲間、会社仲間にはこだわっていきたい。
人それぞれの志や文化を尊敬できる人たちと一緒に仕事をして、楽しんで生きたいと思って、ここ15年を会社経営者として生きてきた。そして会社を成長させながら、より多くの人と志や文化を伝え合い、共有するのことの大変さも経験してきた。
悩み続け、迷い続け、楽しみ続けてきた。社訓のラップをつくったり、トイレの中に標語のように言葉をはってみたりしてきた。それでもなかなか完成形にはたどり着かないのだが、もう一度整理する意味で「大切だと思うこと」を列挙したいと思う。


・愚痴を言わない。愚痴は何も生み出さない。
・国籍や人種で差別をしない。
・やってみる前にあきらめない。
・強いもの(国家、大企業、銀行、やくざ?)とは戦い、弱いもの(女性?)にはやさしく。
・つねに笑顔を。幸せだから笑顔なのではなく、笑顔だから幸せなのだ。
・栄養のあるもの、ちゃんとしたもの、おいしいものを食べ。血も顔も髪も手も、脳でさえも食べ物や水から作られるのだ。
・ものごとを前向きにとらえる能力、テクニックは教養だ。
・人はそれぞれ、会社もそれぞれ。文化の合わない会社に長居は無用。
・決断は早く。一週間考えると言っても、考える時間はその中のほんの一部。決断は一瞬の集中力。
・納得の行かない人や会社と取引するくらいなら倒産を選ぶ。
・接待のための接待はしない。飲みにいったり食事にいくのは気の合う人と。
・成功する人というのは、何度失敗をしたとしても成功するまで諦めないひと。
・お金や乗っている車や身に着けているもので人を判断しない。
・ピンチはチャンス チャンスはピンチ 考え次第でチャンスはチャンス (以前社訓ラップをつくっていて、このフレーズが頭に浮んだときに「オレは天才だ!!」と思ってしまいました)
・他人の成功やチャンスを自分のことと同じように喜べる仲間と毎日を。
・ぼくらの毎日は、戦い、殺され続ける牛や豚や魚や植物や(時に)人間によってしか支えられていないという現実を消化するデリカシーを持つ。


なんて書いているときりがなくなってきそうなのでそろそろ出かけるとしよう。
今日も一日。楽しもうではありませんか??!!!


小雨まじりのどちらかといえば寒い金曜日の夕方。
何気なく佐川急便の伝票を見たら、歩いて10分くらいの取引先の住所が書いてあった。
担当のバイヤーに聞いてみると「サンプルの返品です」とのことだった。

僕は唖然とした。「どうして自分で持っていかないの?」

僕はビジネスの基本はコミュニケーションだと思っている。
お互いが「この人と関わりたい!」という関係を作れなければ、ビジネスは本質的には進展しないと感じている。
相手の背景を知る。考えを知る。会社や人間関係の雰囲気を知る。相手のふところに入り込むというのはとても重要だと思ってきた。

サンプルを返すということを、ただ宅急便で返すのと、自分で持って行って、相手の顔見て、情報交換をしながら返すのでは天と地ほどの違いがあるだろう。
さらにアレンジを加えて、最近おいしいと思う缶コーヒーかなんかを買っていったりしたら、さらに関係は深まるかも知れない。

情報というのはかしこまった商談の中からだけ生まれるものではない。
日常のちょっとしたコミュニケーションから生まれることも多いのだと思う。
費用の問題もあるが、(仕事、バイイングに限らず)本質はコミュニケーションにあるという理由を説明して「二度と近所に宅急便を送らないように!」ということを伝えた。

同日、同じような話で、取引先のバイヤーが電話で値引きの話をしてきた。
その後、そこの社長と会うことがあったので「会社もすぐ近くなのだから、値引きとかトラブルがらみの話は電話じゃなくて直接会って、顔を見ながら話をしたほうがいいじゃないかと思いますよ」というと、「オレもいつも言ってるんだけど、アオキさんからも直接話してくれる?」というので、夜に事務所に寄ってもらい、近くの喫茶店で話をした。

問題が起きて、調整をしなければ(クレームを入れなければ)ならないとき。
相手に何か譲歩してもらわなければならないとき。
そんなときにメールや電話で、相手の顔見ずにことを進めるのは良くないと考えている。
メールや電話のほうが相手の顔を見なくていいから、言いたいことが言えるなどと考えるのは最悪だ。相手を褒めるのならメールでも電話でも問題ないと思うが(もちろん直接会って言うのがベターだが)ネガティブな交渉をしなければならないときには、正面を切って、相手の目を見て、下っ端ではなく権限をもっている人間と、堂々と話すべきだ。

そんなことを考えながら、話ながら飲んでいたお気に入りのチャイは、小雨交じりの夜をすこし温かくしてくれたような気がした。
今年は少し時間をつくって、カルカッタ(インド)辺りにチャイでも飲みに行こう!という気持ちが心をよぎったのだが誰にも言わずにおいた。
テレビでは「派遣切り」のニュースが毎日途切れることがない。
企業側(強者)が一方的に派遣社員(弱者)を強者の論理で使い捨てにしている側面もあるのはわかる。
しかし、派遣社員が一方的な被害者であるような偏った報道が多いことに、強い違和感を覚える。

友人が年末年始をパリで過ごした、という話を聞いた。
「パリはやばいですよ。本当に資本主義が疲弊している感じで。誰も洋服を買おうなんて雰囲気じゃなかったですよ」
「彼らから見ると、日本は不況だ不況だと言っても、福袋を買いたい人が店の前に行列したりしている光景は理解しがたいみたいですね」

もともと派遣社員であろうが、正社員であろうが、生涯にわたっての保障を得られるという保障などどこにもない。
かつての(日本の文化であった?)終身雇用はすでに過去のものだ。その終身雇用でさえ、日本人以外の犠牲?のもとに成り立ったという側面を忘れてはいけない。
人間も動物であり、動物の世界では「弱肉強食=自らの命は、他者の死によって支えられているという摂理」が日常だ。
人間が大自然の、宇宙の摂理とは無縁であり続けることなどありえないのだ。

書類を探しているときに、古い新聞の切り抜きを見つけた。新聞や雑誌に気になる言葉があると、切り抜いてとっておく習性があるからだ。

「あきらめからは何も生まれない」

大怪我をしながらもバルセロナ五輪で見事金メダルを取った柔道の古賀稔彦の言葉がそこにあった。
古賀選手に限らず、何かを成し遂げる人たちの一言は17年経った今でも強く、重く、僕たちにのしかかる。

昨日の朝、なんとなく出勤前に情報番組を見ていたら、最近好きな檀れい(女優)がこんなことを言っていた。
「私、運はとってもいいんです」

檀れいに限らず、成功している(ように見える?)、いきいきと楽しそうにしている(ように見える?)人のほとんどは「運」がよいのだろう。
逆に、文句ばかりを言っている(ように見える?)人、人のせいばかりにしている(ように見える?)人は、自分は「運」が悪いと思っている人が多いと感じる。

「運」の良し悪しは、人それぞれなのだ。明確な基準はまったく無い。完全に「主観」の問題だ。
同じ事象に遭遇しても、Aさんは「だから人生はすばらしいのだ!!」とポジティブに捉えるし、Bさんは「僕の人生はなんでいつもこんななんだろう」とネガティブに捉えるだろう。
つまり「運」の良し悪しを判断、あるいは決定するのは「自分自身」でしかないのだ。
周りの人に「悲惨だよね。。」と言われて「絶好調です!!」と答えを返しても、誰にも怒られない。法律に違反することにもならない。

であれば、みんな「運はとってもいい!!」と言おうではないか!!

「言霊」という言葉を辞書で引くと、「言葉に宿っている不思議な霊威。古代、その力が働いて言葉通りの事象がもたらされると信じられた。」とある。
檀れいさんは「運がいい」と客観的に判断されたから成功したのはなく、「運がいい」と(勝手に?)思い込んだから輝いて見えるのだ。

言葉にはパワーがある。
そう信じられてきた。そして僕もそれを信じる。

「幸せ」だから「笑顔」が作れるのではない。
どんなときにも「笑顔」でいるからこそ「幸せ」でいられるのだ。
「成功」したから「運」がいい、のではなく「運がいい」と(自分勝手に)信じ続けたからこそ「成功」したのだ。

「あなたは運がいいですか?」と聞かれたら。
何の根拠もなく、満面の笑顔で、一方的に、誰になんと言われようとも、どんな困難が目の前に転がっていようとも、自信をもって、あとさき考えずに、目を見開いて、大きな声でこう答えよう!!

「いいです!!!!!」


ちょっと遅くなりましたが、、、、あけましておめでとうございます。
新年というのは、ただただおめでたいですね。


去年はいろいろと激動の一年でした。


リーマンだけでなく、個人的にもいろいろとありました。
いろいろあるのは大変だなあとも言えるのですが、いろいろ無いのも物足りないなあと思っています。
人生をドラマだとするならば、なんだか「いい感じ!!!」に盛り上がって来ました。


なんだか今年は良いことが目白押しな気がして。。。。
一人興奮しています!!!
景気が良いとか悪いとか。。。そんなことは瑣末なことで。。。


毎日に感謝をして。友人に感謝をして。仕事仲間に感謝をして。
家族に感謝をして。
青空にも。曇り空にも。雨にも嵐にも愛を込めて。。。


やさしい気持ちを心に置いて。
2009年の世の中に。
激しく。強く。徹底的に。これでもかっていうくらいしつこく。突発的に。
愛と夢と希望と太陽を。
絨毯爆撃する覚悟であります!!!


「もおーーー。。。。」牛のように。
ではなく「しゃーーー!!!」格闘家のように。


今年もよろしくお願いします!!!


A o K i n g d o m  創 世 記-ChinmuNenga