入院2日目 | 男♂はつらいよ

男♂はつらいよ

♪私、生まれも育ちも九州大分です。地元で温泉に浸かり、姓は秘密、名は青次郎。人呼んで「癌になった人」と発します♪

2007年に会社の辞令で三重県四日市市へ。厄年の2012年、謎の病気「精巣腫瘍」に遭遇。30代男独身。素敵なマドンナを探して人生の旅をしています。

2013年1月17日。
入院して初めての朝になりました。

朝6時に蛍光灯が一斉に点灯。直ぐに年配の看護師さんが、検温と血圧測定にやって来ました。

体温・・・36.6度
血圧・・・異常なし

7時から朝食になり、この朝から食事制限解除。普通のご飯と味噌汁、きんぴらごぼう、海苔・・・ごくごく普通の朝ご飯。お腹もすいていたので完食!

7時30分・・・

「ちゅ~にちしんぶ~んで~す↑」
「しんぶ~んいらんかえ~?」

ボロボロの台車に中日新聞の朝刊を載せて志村けんの「ひとみ婆さん」のようなヨボヨボのお婆ちゃんが新聞売りにきました。新聞なんて入院中に興味もないので1度も買いませんでしたが・・・ちょっと不気味でした。

9時15分・・・

応診が始まり、主治医ではなく背の高いイケメンの先生と40歳位の女性看護師さん、そして看護学生?と思われる20歳位の好青年がやってきました。

傷口を診察して、

「今から尿管抜きます。ちょっと気持ち悪いですよ・・・」

この尿管。盲腸で入院経験のある先輩に

「メッチャ痛い」

っと教えてもらっていたので、傷口も痛いけどエネルギー120%、青次郎フルパワーにして身構えました。

「終わりましたよ(笑)」

っとあっさり。

「ええっ~!!!」

全く痛くなく、一瞬の出来事でした。イケメン先生は、

「歩いてトイレ行って良いですよ~」

っと去って行きました。

尿管・・・手術をすると麻酔でトイレに行けないので、チ○コの先から尿道に管が繋がれ、勝手に尿がベッドの下にの袋に排泄される管でした。

この時、自分の体が3本の管で繋がっていたのに初めて気づきました。

左手首に点滴、尿管、そして・・・傷口から「ドレイン」っと言う布製?の管が繋がれていました。この「ドレイン」また後のブログで説明したいと思います。

診察が終わり、看護師さんが体を拭いてくれました。看護学生の好青年が、

「実習させてくださいっ」

っと頭をペコリm(__)m

若い女性看護師さんじゃないのが非常に残念でしたが、彼の一生懸命さと先輩看護師さんの指示を聞いている姿に感動しました。

体を拭いてもらったのは入院生活でこの1度だけ・・・翌日からはシャワーを浴びれるとの事でした。

あっという間に昼食になり、窓越しに外を眺めているとオカンが登場。

でもこの時、術後24時間経過・・・激痛で涙を流しタオルで拭きながらオカンの前で痛みと戦っていました。

本当に痛かったです。あの痛さは・・・兄貴と喧嘩してお腹を蹴飛ばされた時よりも、中学の時の部活動で失敗して監督に叩かれた時よりも、高校の部活動中に左手親指の骨にヒビが入った時よりも・・・比べてものにならない激痛でした。

看護師さんに痛み止めの薬をもらって飲んで暫くして楽になりました。

気がつきませんでしたが、痛い痛いと言いながら、オカンの話によると1時間半位イビキをかきながら寝ていたそうです。全く記憶にございません(笑)

そうこうして入院生活2日目も夜は殆ど眠れず過ぎ去って行きました。