夢を見ていた。どうやら知らないうちに眠ってしまっていたらしい。話ながら自分の過去が惨めすぎたのかそれとも酒の回りが早かったのか、寝ていた。夢を見ていた。まだ寝ぼけているのか夢の内容が思い出せる。それはこんな夢だった。

 ベッドで誰かが寝ている。しかも姿勢がうつ伏せなのだ。まるでベッドの前で誰かに背中を刺されてそのままベッドに倒れこんだような姿勢だ。その為どうにかして覗こうとしても顔が見えない。顔だけ左右どちらかに振ってあるわけではなく、ベッドと正面衝突だ。よくこんな体勢で寝ていられるなと思った。ジーと見ていても動く気配すらない。死んでいるのか?男は青色のジャージに身を包み髪の毛はショートカットすでに寝癖がついているが綺麗にリンスされて いてサラサラだった。ふんわりと部屋の中はラベンダーの香り。見上げると時計の短針はもうすぐ5の数字に届くところだった。そんなことよりここはどこだ。こいつは誰だ。どうしてこんなところにいるのだ。見回すと置いてある家具はすべてアンティーク調でそろえられており、壁は真っ白な壁紙が綺麗に貼られている。床には塵ひとつなく、うっすらと間接照明があたりを暖かく照らしていた。カーテンの隙間から徐々に光が入ってくる。もうすぐ朝なのだろう。ふと男が寝がえりを打った。その言葉の通り“寝返り”だ。180度くるっと。瞬間私はなぜか身を隠したほうがいいと思い、ベッドの下の隙間に滑り込んだ。別に何か悪いことをしたわけではない。男を殺そうとしていたわけでも、夜這いをしようとしていたわけでもない。ただ一般的に考えてこの時間、寝ている男は家中のカギをかけてから眠りについたのだろう。ということはどこから入ったのか?なんてことは何の議論もされずに、住居侵入法が成立するだろう。だから隠れた。いい判断だ、と思ったのもつかの間だった。完全に出るタイミングを失った。このまま男がこの部屋から出ていくまでここにいなくてはいけないのか。ベッドの下に潜り込むといってもそこは大人一人縮こまってぎりぎり入れるサイズ。寝返りなんて打てないし体のどこか一部を動かそうとしても物音を立ててしまうことは明確だった。そんなことをして男にベッドの下を覗かれたらおしまいなのはよくわかっていた。唯一良かったと言える事があるとするなら男がベッドの下の掃除にも余念がなかったということだろう。それからどのくらい経っただろうか体の節々の悲鳴がついに口から出そうなほどになったとき。ベッドの上に変化があった。男が起きたのだ。ベッドから立ち上がった男はカーテンを開ける。まだまぶしいとは言えないが朝陽が部屋に差した。オレの心にも。おそらく今五時半ころだろう。男は自らのシャツとビジネススーツそしてスーツとセットになったパンツを取ると部屋を出ていった。そこから私は今日一日この男を観察してみようと思った。どうしてこんなところにいるのかわからないが、この男の前に私は現れたのだから、この男と離れてはもとの世界には戻れないと思ったからだ。それから一時間ほどして、バタンとドアが閉まる音がした。チキンハートな俺はそれまでこの部屋から出ることなどできなかった。男を見失ってはと部屋を出る。階段を下って、目の前にある玄関の鍵を開け、恐る恐る外へ出る。この家にどうやって鍵を掛けるのかという問題があるが、放おっておこう。どうせ俺の家では無い。そこは閑静な住宅街だった。遠くの方に高層ビル街が見えるということは東京のどこかではないかということがわかった。そんなことより男だ。突然頭に電撃が指すようなめまいが起こる。と次の瞬間男の居場所が手に取るように分かる。目の前のT字の交差点を左折その先の坂を登った十字の交差点を右折しようとしているところだった。よく分からなかったがこれでゲームオーバーにはならなさそうだ。頭を左右に振って、めまいを吹き飛ばすようにしながら駆け足で男を追いかける。その後は大変だった。男の姿が見えなくなって3分後くらいに頭に毎回電撃が差すようなめまいが起こった。そのたびに男の場所を教えてくれるのはいいのだが、事務所やカフェ、そしてトイレに入った時も。とにかく3分間男を視界に捉えていないとあの電撃だ。これは本当に罰ゲームのようだった。毎度ものすごい吐き気に襲われるのだが、あいにく胃の中は空っぽだった。吐きたいのに吐けない時の辛さ。あなたには分かるだろうか?こんな汚い話をしている場合では無い。その後は無我夢中で男を追った。ようやくお昼をすぎる頃、徐々に慣れてきた。午前中は事務所に入りっきりだったから、電柱にでも登ったほうがいいのか?などと馬鹿げた事を考えたほどだったが、午後になると移動も多くなり、ギリギリ見えるか見えないか程度の距離から追いかけていればいいので午前中寄りは楽だった。男はと言うと午前中はもっぱら誰かと電話そしてパソコンとにらめっこをしていた。事務所の入り口から覗いていたのだが机の向きは入り口とは反対の窓側を向いており、後ろ姿しか見えなかった。どことなく風格のある男だった。きちんと整えられた髪、そして服装の影響だと思うのだが、何か彼の周りにオーラがあるようだった。実際相手の第一印象の9割は服装で判断されるというのだから、オーラが見えるというのもあながち嘘ではないのでは無いかと思う。それ以外に男の情報はほとんど入ってこなかった。何より顔を見られてはまずいという発想から危険を回避するため10メートルほどは常に距離をとっていた。だから男の声を聴くことも顔を見ることもできなかった。結局、日が暮れる頃になっても男をつけているからと言って何か特別な事があるわけではなかった。午後6時をすぎる頃仕事を終えたのか数人の仲間と共にイタリアンレストランに入っていった。それを見送りながら、やはり相当な金持ちなのだなと思った。明け方に見た家の内装もそうなのだがほかにしっかりとした服装、移動は基本的にタクシー移動。お昼も焼き肉。普段からそういう生活ができるということは相当なお金持ちなのだろう。男みたいなやつのことを成功者と呼ぶのだろうか?なんとなくある話を思い出した。その昔に俺がその時ドハマリしていたアーティストが音楽系の週刊誌の中でエッセイを書いていて、その中にこんな話があった。「夢の話」。しかしなぜだかその話で何を言いたかったのか、どうしてそんな話をしたのかが思い出せずに悩んでいた。一時間強ほどしてレストランから男が出てきた。まだ俺は話の結末がどうだったのかをずっと考えていた。その時始めて彼の横顔を見た。ふと誰かに似ているなと思ったが思い出せなかった。そんなことも気にせず男が次に向かったのはなんとキャバクラだった。まぁ頷けないこともなかった。誰だってそういう場所に足を向けることはある。金持ちならなおさらだ。しかしイタリアンレストランはいい。窓ガラスが大きかったから通りの反対側からでもギリギリどれが男なのか分かるくらいには見えた。しかし今度は違う。どでかいガラスなんてあるわけがないし何よりその店は地下2階だった。これではどうしようもない。その男が女を誑かしている間に俺は暇を持て余しながら雷撃と戦わなくては行けないのか。そんなのまっぴらごめんだった。ということで俺もキャバクラに入ることにした。朝から1日駆けずり回り疲れていた。調査のためとは言ったもののしだいに私欲が湧き始めた。気がつくと右手に2人左手に2人。どの娘も胸元のはだけた服と素顔を隠すようなメイク。始めから気を失ってなどいなかったがドアを開けた瞬間から強い香水の匂いに惑わされていた。現実感のないテーブルとソファ。派手を飾ったようなシャンデリア。なんだか仰々しいところだった。入ったことなど一度もなかったが、たしかに座っていて心地が良いし、そりゃぁ金さえあれば毎週でも来ていいかなと思わせるようなところだった。ほろ酔いになりながら男を見張ることは続けることができた。もう既に戦闘本能のように体に染み付いていた。いつの間にかできてしまうのだから、癖ってすごい。男を見張りながら周りの女にうつつをぬかしながら、なんだか上の空だった。ふと男は幸せなのかと考えた。幸せなのだろうと思った。昼間の生活を見ていれば、少なくても今の俺とは違う。月とスッポンくらいに、だから俺よりも幸せなのだろうと思った。思ったのになぜか賛同できなかった。

 「夢の話」とはこんな話だった。そのアーティストはメジャーデビューを果たした、その後自分の周りを取り巻く環境がめぐるましく、変わっていった。始めは駅前の路上で歌い始めたのがスタート。そこから考えると今、夢を見ていた世界の中にいる。・・・・そう夢がかなったことになる。するとどうでしょう。毎日が夢見心地?もう死んでもいい?・・・全然そんなことはない。夢が叶って大喜びしたいところだが、大喜びするには現実的すぎる。夢の中なのに現実的?それはまだ僕自身、上があることをわかっているからだろう。夢が叶ってまた新たな夢ができたのだ。そう書かれていた。思い返すとこの話に似ていないのに似ている。うまく言えないのだけれど、夢がかなったところは、あの男もそうだろう。サラリーマンやフリーターから考えたら雲の上の世界にいるのだろう。ただ、覇気が感じられなかった。思い出していた「夢の話」の結末を。なんだか考えたくなかった。そういうときに限って頭はすごく冴えている。「夢がかなって夢見心地になる時って、上を見なくなった時だと思う。だったら僕は夢見心地になんてなれなくていいや。」

 気がつくと男がこちらを見ていた。目も良く冴えていた。今まで見えなかった男の顔がはっきりと見えた。それは俺自身だった。その瞬間天と地が入れ替わった。空を自由に飛べるわけではない俺は、そのまま真っ暗な闇の中へ突き落とされていた。